「 キューティー&ボクサー 」

Category : ドキュメントDVD
キューティ&

監督:ザッカリー・ハインザーリング

29歳のザッカリー監督がこの二人と出会ったのはたまたまに過ぎません。
有司男さんのインタビューによると、
知り合いのカメラマンを通じて会った監督が
「僕らの“アートでのたうって”生活しているのを見てびっくりしたんじゃないの」
ということで他の仕事を終えてから毎週通いつめて5年間。
「2,3年たつころには彼らの存在はまるで炊飯器や洗濯機のようになり、
こっちも意識せずに自然体でいられました」と有司男氏は語っています。

このドキュメントが成功
(させるために作ったとも思えないところが実に好感が持てます)
したのは「彼らの芸術」を撮るのではなく、
その芸術を作った本人たちを撮ったからです。
現代美術家のドキュメントというと、
まず間違いなく本人が懇意にしている著名なアーティストが登場し、
きらめくような賞賛・賛辞の言葉で埋め尽くし…
ここでは本人を取り巻く芸術環境というものに焦点をあててはいません。
ブルックリンの雨漏りのする古いアパートで生活する彼ら夫婦の生活そのものが
この映画の全てであり、彼らがかわす会話とたわいもない諍いが
芸術家以前の人間として魅力的に描かれます。
等身大のアーティストがここに居ます。
家賃をどう払うかという、生臭くも生きていくための必要経費の話も
ごく当たり前に会話します。
つまり悠々自適な生活ではないけれど、
それなりに二人は豊かであるということ。
何を担保として豊かであるかなんて本人が思えばいいことですから。

美術を勉強しに19歳で渡米した乃り子さんが
“出会ってしまった”21歳年上の篠原有司男さんにとって
自分はアシスタントに甘んじる気は毛頭ない、という決意に
ささやかながらエールを送りたい気持ちになるのも
有司男さんのキャラクターによるところがあるのかも知れません。
切羽詰まった生活の中にあっても、自分の芸術について一切の妥協はしない、
でも売れないと生活できない、という
リアルな生態は同時に鑑賞者に
「もっと売れてもいいのになぁ」という気にもさせます。
夫婦の二人展にしても、ちょっとダンナは面白くなさそうです。
その表情も態度も少年のように無垢?です。

滋賀県立近代美術館で見た有司男さんの立体作品は
確かに相当に経年した、埃臭さと褪せた色合いの
エグ感に満ちたものでした。
映画の中でも「人気がないのはエグいから」というような説明もありました。
しかしどこから見てもこれは有司男さんしか作れないものであり、
なおも作り続けるに必要なスタミナというものも
これらの作品からほとばしります。
有司男さんと言えば「ボクシング・ペインティング」が有名ですが
これとて映画の中では「何も考えないからいいんだ。
そこがポロックと違うんだ」というような
主旨の発言もあり(ご本人の発言ではないのですが…賛否両論、ですか)
難解な解説も作者のステートメントも要らないほどに
ここにあるのは「潔さ」の一言に尽きます。
有司男さんの芸術家としての歴史を見れば
岡本太郎に「ひたむきなベラボウさ」と評された、
エネルギーの塊のような、カンバスへの狂気じみた発露ともいえる
一途さがどれほどにセンセーショナルなものだったかを知ります、
が、50年以上が経過して、雨漏りのアパート暮らしであることが
同時に「売れない」ということの切実さをも物語っているのです。

これはアートに全く関心のない方も見ることのできる、
専門的な話もギョーカイの話も登場しない、
或る夫婦の物語として楽しめ、共感できるドキュメントです。
それにしても乃り子さんは、
むしろ現在の方がフォトジェニックであるということに
フシギと痛快な気分にさせられて、
互いに喧嘩しながら(なんでもこれが円満の秘訣だとか)
このままでいて欲しいなどと勝手に思うのです。

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「 TURN IT UP ! 」

Category : ドキュメントDVD
Turn it up

監督・製作:ロバート・ラドラー

…そして、17歳でBLUESと出会ったことが
その後プロミュージシャンを目指すことになったきっかけでした、
というようなエピソードも無いままに
齢六十を迎えようとしていますが、
しかし、現在でも自分を支えている重要なもののひとつに
3コードがあったことは、結果的に幸福な出会いと言えます。
小学校でビートルズ、中学校でツェッペリンと出会ったことは
まぁ、同年代の洋楽ファンであればいわゆる通過儀礼のようなものですが、
3コードと出会って、かつてただただ聴いていただけの音楽に
僕なりの定理(実はなんでもないことなんですが)のようなものを
見つけた時の驚きと悦びは
やはりギターを“弾き直そう”と思ったきっかけを与えてくてました。

ギターが弾けるということは中高生にとっては
一種の強力な免罪符であり、
しかも女子にちやほやされるという特典まで付いて来るという、
僕らにとっては神器の一つに挙げられるほどに
強力な魔法の杖であったことは確かでした。
クラスの人気者への妬み嫉みがやがて何が何でもギターを弾かねばという
強固な決断に至るまでにはそれほど時間を必要としなかったでしょう。
しかし買える金が無い。
結局僕が自分のギターを持つに至ったのは20歳もとうに過ぎた頃でした。

今でもギターを触らない日は一日とてありませんが、
ここで決定的なハンデが僕をいつも苦しめます。
もう4、5年になりますか、ギターを“きちんと”習おうと
年甲斐もなく近所の教室に通いジャズギターのマンツーマンという
今考えればかなりストイックな印象の音楽スクールに通いました。
初日からホワイトボードに書かれたコード理論の講習を受け、
ここは正直にと「音符が読めません」と言った時の先生の顔は
今でも忘れません。
正に絶句でした。
「困ったなぁ…」しばらく顎に手をやって息苦しいくらいの
沈黙の時が流れます。
「ブルースが弾きたいって言ってましたよねぇ」
「はい、そうです…すいません」
というわけでCREAMの楽曲を教材に1年弱ほど通いましたが、
ほどなくして演劇公演に出ることになり、辞めてしまいました。

極端に言えば、免許すら持っていないけれど
カーレースに異様なほど興味を抱いたり、
踊りのおの字も知らないくせにダンサーに憧れたりと
同じようにギターというツールは見ているだけでも美しいのに、
自分の持っているものとさほど変わらない「構造」であるにもかかわらず
(実際エレキギターの基本構造は不思議なほど変わっていない)
なんであれほどの音が出てくるのか不思議でしょうがないという
「道具の使い方」という基本的な問題に通低するセオリーがあります。
しかしピアノは全音が目視できる、
つまり目に見えない音はない(あくまで見た目のことです)のに
ギターという楽器は中々に曲者で、
音程は同じでもポジションによってニュアンスが微妙に変わるという、
「フリーフォーム/自由度の高い楽器」とも言える特徴があります。

前置きが長くなりましたが、要はギターマンと相棒であるギターとの
知られざる蜜月を描いたドキュメンタリーです。
フェンダー、ギブソンというそれぞれの特徴や差異を解説すると共に
ミュージシャンのギターへの執着や偏愛が描かれています。
相当な年月を経ているにも関わらず、
ギターの進歩はそれほどに顕著でもありません。
つまり何のためのテクノロジーかという命題が
こんな小さな楽器に秘められているのです。
どんなに“便利”にしても、所詮ギターは弾かれてナンボであるという事実です。
通販で1万円のギターでもプロが弾けば
遜色のない音色を叩き出すことができるというマジックばりの芸当と
ヴィンテージと呼ばれるものの「真の価値」の“在処”こそが
ギターの素晴らしき存在の証でもあります。

138もの音があり、当然同じ音が存在し、しかし同じ音ではなく、
なおかつぞれぞれが決して相殺しない仕組みであり、
そこに右利きなら左手のテクニックが加わって
表情が豊かに変化するという類い稀な楽器、ギター。

この映画のテーマは情熱ー人間とエレキギターが交わす愛の形を現在、過去、未来とつづる。様々な職業のギタープレーヤーたちの演奏やインタビューを交え、いろんなエピソードを織り込みながら、ざっくばらんにエレキギター史を紹介している。エレキギターと同様この映画も、ミュージシャンだけでなく、ありとあらゆる人々を魅了するだろう。つまるところ誰もがギタリストなのだ。ストリート・ミュージシャンやロック界のスーパースターは言うに及ばず、政治家、小説家、ビジネスマン、俳優、運動選手、軍の指導者も外交官も、この映画のキャストだ。プロもアマも関係ない。貧乏でも大富豪でも、祖国が戦時下にあろうとなかろうと、ギターへの情熱は皆同じなのだ。

紹介の一文ですが、なかなかに救われ、励みになります。



「毎日がアルツハイマー」

Category : ドキュメントDVD
毎日アル

2013.3.3【甲西文化ホール】

企画・製作・監督・撮影・編集:関口祐加

アルツハイマー型認知症と診断された自分の母の
娘の目を通した日々を追ったドキュメンタリー。
2009年から2012年までの記録だが、
会場で手渡されたプロダクションノートの最後にあるエピローグに
そう「毎日がアルツハイマー」は現在進行形長編動画なのである!、とある。

監督である関口さんはドキュメンタリー映画監督としては実に輝かしい仕事ぶりで、
1989年にニューギニア戦線を女性の視点から描いた「戦場の女たち」で
メルボルン国際映画祭でグランプリを受賞。
国内外でも数々の賞を受賞している。
オーストラリアでの生活は29年に及ぶ。
その祐加さんのもとに母の様子がおかしいと日本からの連絡。
この映画が或る種の“勇断”とも言うべき
娘の潔さから発せられた、だからこそ成し得た作品であることは確かである。
29年も住んだオーストラリアから、そう簡単に
ハイ、それでは横浜の母の介護をしに帰ります、とはならないはずである。
この映画にはそういった一切の過程は描かれていない。
それはとても生臭い話だからだろうか。
当然、祐加さんのそのへんの葛藤や苦悩はあったにせよ、もはや知る由もない。
ただ、離婚して一人息子が居るということ。
その一人息子と別れた旦那が横浜に母に会いにやって来るというくだりには
一家が抱えてきた様々な問題が、どのようなカタチで収束するのかも、また暗示している。

その母、ひろこさんは至ってお茶目でカラッとした性格のお方。
数日前にケーキにロウソク立てて家族から祝ってもらったことなど、
もう記憶の彼方に消えている。
「お〜っと!」な親子関係、つまり親子ならではのツッコミ感満載で、
不穏になる場面は極力少なめに編集されているように感じた。
それは「毎日がアルツハイマー」というタイトルに表れているように
認知症が悲壮感を道連れに日々、介護者に降り掛かる現実などは
“現場”に居る身内であるならば言わずもがな、であるからだ。
そこを描いてみてもどこにも答えなど見つからないし、策も無い。
あるのは進行していくという残酷な宿命である。
ならば、今の自然のままに母と共に残された時間を過ごし、
アルツハイマーという“おおらかでやっかいな”神の恵みを受容しようという、
そんな思いが込められているような気がする。
映画の中で大学の先生か誰かが、
「認知症を可哀想だと捉える人が多いが、彼らは「死の恐怖」から
解放された人たちなんです。むしろ幸せなのかも知れません」
正確ではないが、そんなニュアンスのことを話されていた。

僕は現在、介護の職にある。
文字通り、介護者の端くれに居るわけだが、
特別養護老人ホーム、つまり特養と呼ばれる施設には
もちろんクリアな人も居るが、押し並べて認知症の傾向が強い方たちが多く、
もう一つのショートステイ、いわゆる短期滞在型の施設には
実に様々なタイプの利用者が来られる。
自ずとその対応も対処も異なってくる。
先の先生が言われたような「解放される」前の、もっと言えば直前の悩ましさは
見ていて痛々しいものがあるのだ。
記憶障害を自らが実感する時に起こる自責の念や情けなさ、不甲斐なさに
やがて“壊れ行く”自分を時系列に客観しているような怖さが生じるのかも知れない。
要するに“行き切ってしまえば”楽になれるという説明も
当人ではないので無責任といえば無責任な発言であろう。
ショートステイのリピーターは明らかに“落ちて”来る。
以前にわかっていたことが、今ではわからない、などということが
日常茶飯事になる。

先日、三回忌を済ませた僕の母もまたアルツハイマーで亡くなった。
その不穏さは、そのまま、中々他人へは伝わりにくいもので、
身内ならではの哀しさに悔しい思いすらする。
この映画がそんな介護者にとって、或る種の救いになるやも知れぬ、
それは、確実に娘の名前も顔もわからなくなる時が訪れるまでの
いやそれ以後も、母への感謝と愛への表現として、
奇しくも映像作家として生きている娘の奇跡と捉えてもいいだろうと思う。

「幸せな時間」

Category : ドキュメントDVD
幸せな時間


監督:横山善太
撮影:武井彩乃

この映画に寄せられたコメントでひと際印象に残る、
「老いは人間に例外はつくってくれない」という
評論家の故・三宅久之氏の言葉ほど普遍的な示唆はない。
そしてこの、何の外連味(けれんみ)もないタイトルは
カメラを携えて自分のじいちゃん、ばあちゃんの日常を“撮ってみた”孫の女性の
気持ちそのままを表したものなのだろう。
僕はよく生きていくということを森に例えて考えることがある。
私たちは目隠しをしながら手探りで深い森を歩き続ける旅人であり、
旅は予見できない出来事をはらみ、一つひとつ、あるいは踏み越えて、
また或る時はやり過ごし、時にはすり抜けることもそれぞれに必要とされる。
しかし確実に正確に無情にも、人は老いるのだ。

孫である女性は自分の祖父祖母を特別な視点で撮ることをしない。
ここにあるのはあなたの祖父祖母である。
ドキュメントフィルムは、撮る側が移入する部分と全くしない(させない)部分との
危ういバランスで成り立っていると思うが、
この作品に於いては、もとより撮影者にはそんな意図すらないように思える。
一つ確実なのは対象者が自分の身内であることぐらいだ。
例えば祖母祖父を撮ろうとする時に、
定石として二人の歴史を紐解きながら、
時系列に“講釈”していくという方法などとっていない。
名前と言えばおばあちゃんが呼ぶ時ぐらいなもの。
つまり観客は情報を得ない。
気が抜けるほどに楚々としている。
だからこそ、このドキュメントは妥当な評価をされているのだと思う。

結婚50年になる老夫婦の日々は実に緩慢であり、
もしかしたら「幸せ」の可視化とはこれなんではないかと思う程に
「人生のお休み時間」をお二人ともゆったり過ごされている。
毎月一度二人で行く温泉旅行。
無邪気と無遠慮なささやかで、中々叶う人は珍しい日課ならぬ月課ではある。
が……

やはり鬱蒼とした深い森の中をスムーズに歩けるほどには人生は優しくできていない。
祖母の認知症と祖父の癌は同じ駅を出発し、
しばらく平行した後にそれぞれの“行き先”を穏やかに目指す。
カメラスタジオでのツーショット。
娘である母が「手でも握って」と互いの手を重ねると
やがて祖母は両手で我が夫の手を握りながらじっと顔を見つめる。
頓着しない祖父はカメラの方ばかり見ている。
撮ろうとして撮れないところがドキュメントの妙味。
こういうワンシーンだけでもう語るべきところを語っている。
だからドキュメントは難しいのだろう。
撮り貯めしていた二人の日常の中で、
次第に状況が変化(良くない、喜ばしくない状況ではあるが)し、
撮影者や介護に努める看護士である撮影者の母との関係が
猛然と俄然として立ち上がる。
今までの二人だけの世界から、一挙に“同様に助けられる立場”へと変化していくのである。
しかし、相変わらず環境は変化しても
カメラは近すぎ過ぎず、かといって遠くなく、二人のそばに“居る”のだ。

先立った夫の通夜の日、娘である母が「ごめんね、ごめんね」と祖母に謝りながら言う。
しかし、おばあちゃんは気丈な言葉をごく自然に口にする。
妻の覚悟とでも言うのだろうか。
おばあちゃんはこれから「新しい世界」の中で生きていく。
それは靄(もや)のかかったまた別の森かも知れない。
しかしそこは、あえてやり過ごしたり、すり抜けたりする必要のない、
新たなる休息の地なのかも知れない。

「 The Legend of JIMI HENDRIX 」

Category : ドキュメントDVD
ジミ

監督:ボブ・カーユーサーズ

生誕70周年は企画のタイミングとして勝手に銘打っただけのもので
むしろ27歳で(勝手に)逝ってしまった彼への
オマージュと捉えたほうが見やすいし、納得もする。
そう、27クラブ、である。
古くはロバート・ジョンソンから
ブライアン・ジョーンズ、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソン、カート・コバーン、
そしてジミヘン。
記憶に新しいところではエイミー・ワインハウス。
あのバスキアも27歳で逝ってしまった。
何の根拠もない27クラブだが、もし彼らが存命であったなら、などという
たくましい想像は、その瞬間に野暮と化す。
だからこそ彼らはロック界での“永遠”を手に入れたのではなかろうか。

これは熱いライブシーンを満喫するといった類いの鑑賞ビデオでもなければ、
お蔵入りだったインタビューやステージを詰め込んだ風でもなく、
裏の裏までようじで突いたような“キワもの”でもなく、
とりたてて言うべきところのない映画ではあるのだが、
ただ、この機会にジミ・ヘンドリックスというギタリストが
どういった意味で希有な存在であったのかを知るのには
関係者らの彼にまつわる発言について、それぞれに説得力があるし、
若い人に是非見て欲しいなぁと思う。

ジミヘンを聴く上でリズム隊である白人の二人を無視することはできない。
共にオーディションで選ばれた二人がなぜ白人だったのかという単純な疑問は
ジミヘンが白人層をターゲットにしたミュージシャンとして
想定されたことと無関係ではあるまい。
しかしここでも明かされるノエル・レディングとの確執というのは
あまりにジミのレンジが広いがための当然の成り行きだったようにも見えるし、
事実は音楽的な意見の相違というよりも一方的な解雇であったようでもあり、
いかにジミが自分だけの音楽を作ろうとしていたかを思わせるエピソードでもある。
一方、ミッチ・ミッチェルは当時の僕に強烈な印象を残したドラマーであった。
明らかに叩き方が他のロックバンドのそれとは異なっていた。
音楽関係のブログで面白い記述があった。
ミッチの細身体型はフーのキース・ムーンや新しいところでは
ポリスのスチュワート・コープランドのように手数の多いドラミングになる。
中でもミッチはジャズ的なアプローチのドラミングが特徴的で
その典型的な叩き方が3連符だ。
一番分かりやすい例が「HEY JOE」のカバーで、
そのバンドのドラミング如何で
この曲が何の変哲もない凡庸な曲に聴こえてしまうからだ。
僕の中学1年からのブリティッシュロック維新の中で
ミッチとジョン・ボーナムは特別な存在だった記憶がある。
エクスペリメンス解散後もジミと共に活動していたミッチの役割は
とてつもなく大きい。

ジミは元々有名R&Bシンガーのバックとしてステージに立っていただけに
「目立つ」ための演出には長けていたと言える。
メインの歌手よりもバックギタリストのジミの方が派手であったようだ。
当時のロックバンドにファッション、ステージコスチュームは
欠かせないファクターであったし、ジミは他の誰よりも“イケて”いた。
ステージでの、例の歯で弾くパフォーマンスも
実際はちゃんと指で弾いていたという裏話も聞けるし、
コード進行や曲作りの類い稀な才能も明らかにされる。
ジミ自身は譜面が読めなかったと言われるが、その音感は
マイルス・デイヴィスも感嘆したと言われ、マイルスが最も共演したかった
ミュージシャンとも言われている。
直感的にフレーズを自由奔放に弾くジミのアドリブは
演奏の度に違う魅力を醸し出すジャズのインプロヴィゼーションのような印象を与え、
ロック・ギタリストの範疇に納まりきらないミュージシャンだったと言える。

唯一残念なのは何故に「Little Wing」が収録されていないのかという点。
クラプトンも敬意を込めてカバーしている(好きではないが)し、
カバーでありながらオリジナルを超えているという点ではレイヴォーンものが秀逸だ。

「とんでもないギタリストが居るらしいぞ」という噂が国中を駆け巡る…
その音を聴いた瞬間に彼に呪縛される。
そんな想像は実に楽しい。

58カ国語に翻訳
English
お越しいただきありがとうございます

den

………………………………………
アート・ドキュメント・ブック・
ミュージック・演劇・ダンス・
朗読・時事・ひがみ・そねみ・
やっかみ・おせっかい…
などなどシッタカぶって書きちらかしては
自己嫌悪な日々をゆらゆらと
過ごしております。
「シッタカブリアンの午睡」
「デラシネ光合成」をこのたび一本化。
言いたがり、やりたがり、ノリたがりな
のんのんとしたブログにお越しいただき
ありがとうございます。
………………………………………

ここから、また…
最近の書き散らかし…
こんなこと書いてます
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