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ニュイ・ブランシュの空間現代

Category : MUSIC
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全体的に
地味目な
白夜祭だったが
そんな中で
まさか
空間現代を
ライブで
聴けるとは!

野口順哉(gt.vo)
古谷野慶輔(ba)
山田英晶(dr)の
スリーピース。

カットアップコラージュ!
マッシュアップ!
リピートの応酬!
凄まじいアタック!
キレキレカッティング!

これだけで
満足でしたよ
ワタシは。





















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「 Viva La Music Life! 」

Category : MUSIC
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昨晩、
揺れました
痺れました
呑みました
DJの
ナイスなチョイスと
姉妹デュオChicari
ヴィヴァ!
ドメスティック!
@VIVA LA MUSICA

「 Viva La Music Life! 」
Live:Chicari
DJ:Wataru(W)
  Music Life Crew

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ミッシェル・ペトルチアーニがくれた贈り物。

Category : MUSIC
今日はペトルチアーニが生まれた日。
存命であれば48歳という若さ。
彼が亡くなって早11年。
遺伝的疾病である骨形成不全症を患いながら
類い稀なるジャズ・ピアニストとして
その名声は世界に知れ渡っている。
その情感、そのリリカルでちょっとスィートな響き、
しかしアタックは力強く、表情豊か。

「 Marcus Miller & Michel Petrucciani / Dreyfus Night in Paris 」は
1994年パリでのライブ。
マーカス・ミラー、ケニー・ギャレット、
ビレリ・ラグレーン、レニー・ホワイトというゴージャスなメンバーと
ペトルチアーニとの競演は鳥肌もの。
ペトルチアーニはマイルスへのリスペクトに際して
いろいろ取り上げているが、中でも
「TUTU」のギャレットのサックスは聴きものだ。
ともかくも、これはペトルチアーニがマーカスらを率いたもんじゃないのか、
とさえ思うほどに素晴らしい。

いつ聴いてもカラダが踊る、ココロが浮き立つ
そんな曲が「Looking Up」。
気分が落込んでいる時、なんだかうまくいかない時、
思い出したようにこの曲を聴く。

音楽が与えてくれる喜びは、
それを伝える人が自らの生きる喜びを音楽に見いだせてこそ
実感として聴こえてくるものだ。
この曲を聴く時、ペトルチアーニは天使となって
聴く人の上を舞っているに違いない。

↓これはスタジオ録音。映像が素敵なのでアップしました。


↓マーカスたちとの熱いライヴはこちら!



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僕とジョンたま。

Category : MUSIC
自分の閉塞感に悶々としていた時だった。
その一面トップの大見出しは
まるで朝から悪い冗談を聞いているような、
世紀の誤植のような、そんな気分だったのを覚えている。

その頃の僕は流れついた福岡で米軍ハウスに居候させてもらってから
すっかりその魅力にはまり、気の合う友達もでき、
やっと見つけた空き家を契約、
福岡では仕事が少なかったこともあって
滋賀で季節労働者となり寮に入りながらせっせと
空家賃を福岡に送金していた。

自分が何をしたいのか、どこへ行こうとしているのか
全くわからないまま月日だけが流れ、
2交代制のきつい仕事に身も心もヘトヘトになっていた時、
ジョンのニュースは僕をため息の洞窟に幽閉した。

通称「ジョンたま」…「ジョンの魂」を大事にかかえながら、慎重に袋から出し、
そっと針を下ろした時の、血がざわめくような
心が泡立つような感覚を知ったのは高校1年の時。
好きだった他のどの音楽とも違っていた。
それはミュージシャンの心象をこれほど正直に誠実に表現したものに
出会ったことがなかったからかも知れない。
部屋には、結局行けなかった大阪万博と
アビーロードのポスターが貼られていた。
この最初のソロアルバムをどれほど聴いたことか。

自分の弱さと比例するかのような危うい決意、
親や学校への反発、とりまく環境すべてを破壊してしまいたい衝動、
そして同時に進行していくちっぽけなドロップアウト計画。
「信じられるのは自分だけ」と歌うジョンと共に
大きなズタ袋をかついで東京を離れた時、
親の顔はもちろん、同級生の顔や、
当時つき合っていた彼女の顔すら浮かんでこなかった。
みんな消してしまいたかった。
過去の僕自身も消してしまいたかった。

ジョンの命日になると毎年その頃の自分と重なる思いがある。
それは、自分の背景が鮮明な光景となって甦るからである。

17歳の決意。その背中を押してくれたのはジョンかも知れない。



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クラプトン、またはロックと加齢。

Category : MUSIC
「ロックはどうして時代から逃れられないのか」渋谷陽一著
主にロックミュージックへの能書き。
ライナーノーツはレッド・ツェッペリンとプリンス多し。
それにつられて今読んでいる。
「ロッキング・オン」つまり自らが編集長をつとめる雑誌の記事が
中心なので、言いたい放題小理屈満載である。
14年前の“ロック・ミュージック”について書かれた本を読むということは
なるほどそれなりにタメになる。
でも今読むと、時代から逃れられない宿命を背負ったロックなど
どこにあるのだ、という気がしてくる。

1970年9月から1971年7月のたった10ヶ月の間に
ジミヘン、ジャニス、ジム・モリソンと立て続けに3人が
同じ“J”の頭文字、同じオーバー・ドラッグで亡くなっている。
家を出ようかどうか、ドロップアウトだどうだとわめいていた17歳の僕は
その衝撃を余震のようなタイムラグをもって知ることになる。
ミューズの神の醜いジェラシーとしか思えない災厄である。

さて話は変わる。
クラプトンの新作「クラプトン」からの曲がふいに流れる。
僕はクラプトンについては不幸なことに
優れたギタリスト程度の感覚しか持っていない。
クラプトンがやることは全ていい、と思える人には
彼が成すことと死ぬまでつき合える。
が僕はそうでもない。
確かにペイジもベックもスタイルに固執しすぎる傾向にある中で
クラプトンだけは“エリック・クラプトンであること”だけで成立する
達観したロック観をとてもナチュラルに醸し出せる人だ。
この3人の中では最もポピュラリティーがある。

ところで、かつての牧師のような風貌が、新作のジャケ写では
中途半端な洗練さと知的演出が鼻につき、洒落た学者然といった面持ちで
正直どうにも好きになれない。

ファーストシングルの「枯れ葉」は大人気だと言う。
カバーあり、オリジナルありのそれでいて地味な作りのアルバムだ。
ギターもほんの控えめで
むしろヴォーカル・アルバムと言ったほうが通りが良さそうだ。
しかしこの「枯れ葉」を聴いた時は耳を疑った。
クラプトンがイヴ・モンタンを手本にして歌った枯れ葉について
「たっぷり年を取ったから、こういうバラードも歌っていいじゃないか」とか…。

枯れ葉ねぇ…もう枯れ葉に行きついてしまったのだろうか。

僕はジェフ・ベックに心酔している、それでも彼よりも多少若いジジイだが
だからこそジェフに酔う。
彼のギヤシフトにバックは無い、と思わせるような
その「ロック」にしびれ、鼓舞される。

それは優雅な書斎で一人つぶやくようなクラプトンと
ガレージで油まみれになってモンスターマシンと戯れているジェフとの
体温差かも知れない。
ロッド・スチュアートもすっかり丸くなってしまい、
スタンダードシンガーになってしまった今こそ
ロックとは何か、を語るのにふさわしい時はないのではないか。
などと思ったりする。

静かなパッションもそれなりにシブいが
僕はやはり強烈なグルーヴが欲しい。
時としてそれをジャズに求める自分も居るが
やはりロックミュージックはジャズではないし、
いつの間にか音符が高尚な語彙に取って代わってしまった
ジャズのようにはなって欲しくない。



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