ミッシェル・ペトルチアーニがくれた贈り物。

Category : MUSIC
今日はペトルチアーニが生まれた日。
存命であれば48歳という若さ。
彼が亡くなって早11年。
遺伝的疾病である骨形成不全症を患いながら
類い稀なるジャズ・ピアニストとして
その名声は世界に知れ渡っている。
その情感、そのリリカルでちょっとスィートな響き、
しかしアタックは力強く、表情豊か。

「 Marcus Miller & Michel Petrucciani / Dreyfus Night in Paris 」は
1994年パリでのライブ。
マーカス・ミラー、ケニー・ギャレット、
ビレリ・ラグレーン、レニー・ホワイトというゴージャスなメンバーと
ペトルチアーニとの競演は鳥肌もの。
ペトルチアーニはマイルスへのリスペクトに際して
いろいろ取り上げているが、中でも
「TUTU」のギャレットのサックスは聴きものだ。
ともかくも、これはペトルチアーニがマーカスらを率いたもんじゃないのか、
とさえ思うほどに素晴らしい。

いつ聴いてもカラダが踊る、ココロが浮き立つ
そんな曲が「Looking Up」。
気分が落込んでいる時、なんだかうまくいかない時、
思い出したようにこの曲を聴く。

音楽が与えてくれる喜びは、
それを伝える人が自らの生きる喜びを音楽に見いだせてこそ
実感として聴こえてくるものだ。
この曲を聴く時、ペトルチアーニは天使となって
聴く人の上を舞っているに違いない。

↓これはスタジオ録音。映像が素敵なのでアップしました。


↓マーカスたちとの熱いライヴはこちら!



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僕とジョンたま。

Category : MUSIC
自分の閉塞感に悶々としていた時だった。
その一面トップの大見出しは
まるで朝から悪い冗談を聞いているような、
世紀の誤植のような、そんな気分だったのを覚えている。

その頃の僕は流れついた福岡で米軍ハウスに居候させてもらってから
すっかりその魅力にはまり、気の合う友達もでき、
やっと見つけた空き家を契約、
福岡では仕事が少なかったこともあって
滋賀で季節労働者となり寮に入りながらせっせと
空家賃を福岡に送金していた。

自分が何をしたいのか、どこへ行こうとしているのか
全くわからないまま月日だけが流れ、
2交代制のきつい仕事に身も心もヘトヘトになっていた時、
ジョンのニュースは僕をため息の洞窟に幽閉した。

通称「ジョンたま」…「ジョンの魂」を大事にかかえながら、慎重に袋から出し、
そっと針を下ろした時の、血がざわめくような
心が泡立つような感覚を知ったのは高校1年の時。
好きだった他のどの音楽とも違っていた。
それはミュージシャンの心象をこれほど正直に誠実に表現したものに
出会ったことがなかったからかも知れない。
部屋には、結局行けなかった大阪万博と
アビーロードのポスターが貼られていた。
この最初のソロアルバムをどれほど聴いたことか。

自分の弱さと比例するかのような危うい決意、
親や学校への反発、とりまく環境すべてを破壊してしまいたい衝動、
そして同時に進行していくちっぽけなドロップアウト計画。
「信じられるのは自分だけ」と歌うジョンと共に
大きなズタ袋をかついで東京を離れた時、
親の顔はもちろん、同級生の顔や、
当時つき合っていた彼女の顔すら浮かんでこなかった。
みんな消してしまいたかった。
過去の僕自身も消してしまいたかった。

ジョンの命日になると毎年その頃の自分と重なる思いがある。
それは、自分の背景が鮮明な光景となって甦るからである。

17歳の決意。その背中を押してくれたのはジョンかも知れない。



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クラプトン、またはロックと加齢。

Category : MUSIC
「ロックはどうして時代から逃れられないのか」渋谷陽一著
主にロックミュージックへの能書き。
ライナーノーツはレッド・ツェッペリンとプリンス多し。
それにつられて今読んでいる。
「ロッキング・オン」つまり自らが編集長をつとめる雑誌の記事が
中心なので、言いたい放題小理屈満載である。
14年前の“ロック・ミュージック”について書かれた本を読むということは
なるほどそれなりにタメになる。
でも今読むと、時代から逃れられない宿命を背負ったロックなど
どこにあるのだ、という気がしてくる。

1970年9月から1971年7月のたった10ヶ月の間に
ジミヘン、ジャニス、ジム・モリソンと立て続けに3人が
同じ“J”の頭文字、同じオーバー・ドラッグで亡くなっている。
家を出ようかどうか、ドロップアウトだどうだとわめいていた17歳の僕は
その衝撃を余震のようなタイムラグをもって知ることになる。
ミューズの神の醜いジェラシーとしか思えない災厄である。

さて話は変わる。
クラプトンの新作「クラプトン」からの曲がふいに流れる。
僕はクラプトンについては不幸なことに
優れたギタリスト程度の感覚しか持っていない。
クラプトンがやることは全ていい、と思える人には
彼が成すことと死ぬまでつき合える。
が僕はそうでもない。
確かにペイジもベックもスタイルに固執しすぎる傾向にある中で
クラプトンだけは“エリック・クラプトンであること”だけで成立する
達観したロック観をとてもナチュラルに醸し出せる人だ。
この3人の中では最もポピュラリティーがある。

ところで、かつての牧師のような風貌が、新作のジャケ写では
中途半端な洗練さと知的演出が鼻につき、洒落た学者然といった面持ちで
正直どうにも好きになれない。

ファーストシングルの「枯れ葉」は大人気だと言う。
カバーあり、オリジナルありのそれでいて地味な作りのアルバムだ。
ギターもほんの控えめで
むしろヴォーカル・アルバムと言ったほうが通りが良さそうだ。
しかしこの「枯れ葉」を聴いた時は耳を疑った。
クラプトンがイヴ・モンタンを手本にして歌った枯れ葉について
「たっぷり年を取ったから、こういうバラードも歌っていいじゃないか」とか…。

枯れ葉ねぇ…もう枯れ葉に行きついてしまったのだろうか。

僕はジェフ・ベックに心酔している、それでも彼よりも多少若いジジイだが
だからこそジェフに酔う。
彼のギヤシフトにバックは無い、と思わせるような
その「ロック」にしびれ、鼓舞される。

それは優雅な書斎で一人つぶやくようなクラプトンと
ガレージで油まみれになってモンスターマシンと戯れているジェフとの
体温差かも知れない。
ロッド・スチュアートもすっかり丸くなってしまい、
スタンダードシンガーになってしまった今こそ
ロックとは何か、を語るのにふさわしい時はないのではないか。
などと思ったりする。

静かなパッションもそれなりにシブいが
僕はやはり強烈なグルーヴが欲しい。
時としてそれをジャズに求める自分も居るが
やはりロックミュージックはジャズではないし、
いつの間にか音符が高尚な語彙に取って代わってしまった
ジャズのようにはなって欲しくない。



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生きながらブルースに葬られ。

Category : MUSIC
ジャニス

存命であれば67歳。
大好きなロバート・クラムによる傑作「チープ・スリル」の
アルバムジャケットを眺めている。
もちろんレコード。
なんとCDではボーナストラックが4曲も追加されている。
なんだかなぁと思うのは僕だけか。

たった3枚のアルバム(ザ・ホールディング・カンパニー名義を除いて)で
レジェンドとなったロック界のディーバ。
いや、ジャニスにディーバは似合わない。
やはり「ロック・シンガー」と呼ぼう。
「チープ・スリル」は決して洗練されたスマートなアルバムではない。
バックのザ・ホールディング・カンパニーも当時は
ヘタクソなバンドとして“名を馳せていた”というくらいだから
演奏そのものの魅力はむしろ乏しいかも知れない。
しかし、ロックのあるべき姿が顕著に現れた
60年代を象徴するアルバムであることは確かである。
以後彼女はあらゆるシンガーからリスペクトはされるものの
伝説的シンガーの地位はひと時も揺るいではいない。

本棚にボロボロの表紙の「ジャニス ブルースに死す」(晶文社)がある。
僕が二十歳をちょっと過ぎた頃に読んだもう一度読みたい自伝だ。
父親へのインタビューがある。
イメージだけが先行してしまった「作り物伝説」めいたエピソードも数多い。
確かに服装も行動も他人とは違って、一切自分のスタンスを譲らなかった彼女は
高校時代もほとんど友人はいない。
どころかみんなの嫌われ者だった。
ジャニスが死んで、友人だったという見も知らぬ人々が
出身地であるポートアーサーにはわんさと居るらしい。
この人口7万ほどの石油精製の町にとって
彼女は非常に好ましくない人物の一人とされていた。
なぜなら生前、相当に地元の悪口を言っていたのも大きな理由であるらしい。
その最たるものがジャニス亡き後の町の反応。

「ああ神様! 葬式のために死体を持って帰らなければいいが。
町はヒッピーどもに侵略されてしまうに違いない!」
これはある地方紙に掲載された典型的反応だった。(「ジャニス」より抜粋)

ジャニスが語らなかったことの多さは
彼女に対するメディアの記事のほとんどはデタラメだと語る父親の発言でもわかる。

孤独は伝説をつくる。

ジャニスは家族思いの繊細な感受性の持ち主であり、
ここまで彼女を孤独に追いやったのは
やはり保守的な町の許容量を飛び越えてしまった
彼女の不幸でもあったのだろう。

皮肉にも最大のセールスをあげた
個人的には「コズミックブルースを歌う」が好きなのだが
最後のアルバム「パール」に
「生きながらブルースに葬られ」というインストの曲がある。
この曲の歌入れの前にジャニスは帰らぬ人となった。

聴けるわけでもない
彼女の歌声を聴き取ろうと何回も針を下ろした思い出の曲。

今日はジャニス・ジョプリンの命日。1970年の今日である。
大好き案この曲を聴きながら…合掌。



永遠のジャコ。

Category : MUSIC
じゃこ

今日はジャコ・パストリアスの命日。
一枚を挙げるとなると僕はこの初リーダー作。
35歳という若さで逝ってしまった音楽界の財産。
このアルバムは25歳時のもの。
恐ろしき才能とテクニック。
多かれ少なかれ現在のジャズ(フュージョン)ベース奏者は
マーカス・ミラーを奏法の手本や参考にしていると思うが
そのマーカス・ミラーが10代の頃にこのアルバムと出会い、
言葉も出なかったというのは有名な話。
以後マーカスはジャコ研究に明け暮れることになる。

エレクトリック・ベースの世界では
「ジャコ以前」と「ジャコ以後」とにはっきり分かれる。
こんな演奏をしたのはジャコが初めてである。

弓を目一杯引き絞った状態を「満」と言う。
この状態のまま待っていて矢を射ないことを「満を持して」と表現する。
このアルバムほどこの表現が似合うものもない。
25歳にして、ハービー・ハンコック、ランディー&マイケル・ブレッカー、
ナーラダ・マイケル・ウォルデン、ハワード・ジョンソン、ウェイン・ショーター、
レニー・ホワイト、そしてなんとサム&デイヴまで参加するという
驚愕の環境は自らの才能が培った結果だ。
臆せずにバリバリイキまくるジャコもたいしたもの。

僕は愛車のニックネームを「Donna Lee」にしている。
子供じみたことだがその響きが好きでつけた。
これはチャーリー・パーカーの有名なビ・バップ全開の
全身これアドリブの応酬といった曲。
アルバム1曲目のコンガとベースのみのこの曲にまずブッとぶ。
ライアン・カイザーのトランペットとスネアだけの同曲も好きだが
ジャコの超高速パッセージは何回聴いても鳥肌ものだ。
速弾きというのはロックの世界でも80年代から急速に広まり、
速い=上手い=エラいみたいな流れがあったが
要は「歌って」いるかどうかの問題であって
そこが欠けた演奏はただの“曲芸”だ。
ジャコは実に気持ちよく“自分だけの言葉で”歌うのである。

生前の「自分だけがベーシストだ」の一見傲慢に聞こえる発言も誰もが納得するだろう。
ジャコといえば、恋人でもあったジョニ・ミッチェルの
ライブアルバム「Shadows & Light」にも
ドン・アライアス、マイケル・ブレッカー、パット・メセニー、ライル・メイズという素晴らしいメンバーと共に
キレもコクもあるジャコサウンドが楽しめる。

そうそう、ジョニの「ミンガス」もおすすめ。

今日は終日ジャコ・デーにしよう。
今晩の酒のアテ?
勿論、じゃこである。




↑これはVictor Wooten + Steve Baileyバージョンの「Donna Lee」こちらも唖然…

58カ国語に翻訳
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などなどシッタカぶって書きちらかしては
自己嫌悪な日々をゆらゆらと
過ごしております。
「シッタカブリアンの午睡」
「デラシネ光合成」をこのたび一本化。
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