「 紙を織る 〜 中平 美紗子 初個展 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2017.06.13〜06.18【 ギャラリー恵風 1F 】

今年、京都造形芸術大学の院を修了された中平さんの初個展。
多分一生忘れられない展覧会になると思います。

このディテール、見えているのは緯糸なんですね。
経糸に細かくくぐらせて織っているので、
これだけのボリュームと豊かな質感、密度が表情を作っていきます。
この紙素材は手提げのペーパーバッグなどの持ち手の紐に使われているものですから
強度については申し分ない代わりに(触ればかなり硬いです)
織るという設定をあたえるとかなりやっかいでもあるのではとシッタカぶります。
なぜ紙ですか、と尋ねるとご自身の出身が高知県であること、
つまり土佐和紙との関わり合いが付かず離れずあったということなんですね。
作家が作品に自身の出自を重ね合わすことは
実に幸福な所産と言えるのではないでしょうか。
平易なイマジネーションとは異なる「確かな理由」がそこに存在することは、
以後の制作にも大きな力になるような気が(生意気ですが)します。

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「 Phantom Edge 〜 田中 真吾 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2017.06.02〜06.18【 Gallery PARC 】

大学3回生ぐらいから「火」を
表現の「道具≒手段」としてきた田中さんの作品の変遷は
「燃やす→燃える→変化する→留める」という一連の過程の中で.
一貫してまるで画材のように火を「利用」してきたと言えます。
2012年に見た個展では遂にギャラリーの壁一面に火を放ったのか、と
一瞬のけぞった(実は焦げた壁そのものを展示していたのです)ものでした。
それは「火力の特性」として作品に反映させ、
様々な形態(例えばビニール素材の変形など)によって提示してきたと言えます。
今回の展示ででは燃やし煤けた角材と矩形のベニヤ板を再構築し
一つの巨大作品として成立させ、
コントロールしきれない「火の痕跡≒猛りに似た様相」と対峙対話しながら
「支持体を持つカタチ」として作品化したのではないでしょうか。
作家のコメントにある「壊しながら(燃やしながら)作る」(その逆もまた)行為を通じて
自身そのものに「表現とは何か」を探りながら問うているのです。

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「 江本 創 〜 能動植物 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2017.06.06〜06.25【 芦屋画廊 kyoto 】

今世紀最大の発見といわれるのが「能動植物」
つまり「歩き回る植物」のことです。
多くの種には「歩脚」とでも呼ぶべき脚が生え、
これで自由に歩行活動を行うのです。
植物にとって必要なエネルギーは
根から吸収する水や養分、呼吸、光合成で生産される炭水化物なのですが
能動植物の場合はこれら以外の何らかのものを得て、
それによって活動していると考えられます。
“捕獲”し標本にした現物をご覧いただければわかりますが、
能動植物は植物に近い生物なので動物のような感覚器はありません。
しかしまだわからないことが多く
これから更なる研究・解析が求められます。
(以上ステートメントを改稿)

これらは全て本邦初公開であり、
連日多くの専門家や研究者がその姿をひと目見ようと押し掛けています。
さて、写真では到底わからないこの生々しさをぜひ、
その目で確認してください。
お待ちしております。

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「 黒瀬 剋 展 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2017.06.06〜06.17【 galerie 16 】

制作はずっと続く、という一見不可思議なテーマは
実は「どこにも収束しない連綿としたもの」という黒田さんの中で息づく
時のスパンなのかもしれません。
黒田さんはこれを「コンティニアス・ペインティング」と名付けています。
つまり“続きのある”絵画です。
描いたものをコピーして更に描く、これを繰り返しながら配置する。
これはデジタルで言う上書き(上描き?)ですね。
コピーという芸術家にとってのネガティブな行為を
必然として取り込みつつ展開しています。
そしてパズル型の可変型支持体を持つ作品。
実は綿密な計算のもと複数のパターン(組み合わせ)を
きっちりと設定してるんですね。
可変と言っても“むやみに”することには何の理由も存在しないという
徹底した考え方のもと、
画面として作品としていかに“成立させるか”に重きを置いています。
秩序ある完成形を想定した上で
“自由とは実は不自由なものである”という
芸術家の永遠の不文律をも表しているとシッタカぶって言います。
フリーフォームな見た目が、
いかに考えられた上に構築されているのか、
無邪気で無節操な鮮度の早い表現ではない、
高密度な提示です。

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「 山本 茂 展 〜 essence 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2017.05.30〜06.11【 Art Spot Korin 】
 
ブラウンフィンガー。
まさしく僕がそうなんですが花の名前を問われてもさっぱりわからない。
日々どこでも目にする路傍の花々に、
視る、ということ以上に近づけていない自分を時々情けなく思ったりもします。
今さらではあるのですが…

さてモノクロの花の写真。
モノクロというのは対象が何であれ情報量が限定される分、
イマジネーションを喚起させ、
際立ったコントラクトによって、
光の行方を掴まえて、
フレームインする感覚がモノクロならではの世界観を作り出します。
それが花ならどうでしょうか。
花にとっての絶対的価値基準としての色彩を
階調でしか表現できないわけですが、
言い換えればリアルな墨絵と考えてみれば納得します。
和紙にプリントされた花はいわば写真的には“あまい”感じの仕上がりですが、
その分儚さや淡さといった情緒的な側面が際立ち、
間近で見ても細密画と見まごうほどです。

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