フレームの中にいるのは、フツーに変な人…鬼海弘雄 写真展

Category : 現代美術シッタカぶり
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2月5日→3月1日【京都造形芸術大学 GALLERY RAKU】

2005年土門拳賞受賞の写真家の個展「人生劇場」を見る。
シンプルかつ深く、そして飄々としたタイトルに魅かれた。
「インド」「東京の光景」「浅草の肖像」という3本のテーマを柱に
写真を撮り続けている鬼海弘雄氏の今回は
「浅草編」のダイジェストである。
人を正面きって撮るということには(仕事としてではなく、写真家の任意によって)
とりもなおさず顔を撮るということで、
それは普段であればまじまじ見るべきものでもないものを留め置くことである。
普段は歩いている人、座っている人に関係なく、
人様の顔はじろじろ見るべきものではない、と少なくとも教えてこられた。
レンズを媒介として、写真家と被写体が対峙している場合もあれば
この作家のように「かっこよく撮りますよ」と
浅草寺の境内に来る人々に声がけをして
これと思った人物に撮る旨を持ちかけ、撮る場合もある。
そう、格好悪くなんて撮ってほしくないし、写真家もそれはいやである。
美しいか否かは見る側の価値判断にゆだねるとして
フツーに変な人をストップモーションで見ると、やっぱりフツーに変である。
しかし、それぞれの作品についた一行のキャプションが実にいいのである。
「十円硬貨を耳栓にしていた日本画とジャズが趣味というひと」
どんな人か見てみたいでしょ、これだけで。
顔は履歴書であるとは、よく言ったものだ。
傷も肌も色も形も、理由なしには表出しない。
心の化学反応、予期せぬアクシデント、悲惨な経験、幸せなひとときが
顔を形作り、その人に見える「歴史」を刻んでいく。
生活と顔、人生と顔、金と顔、色と顔、欲望と顔、自尊心と顔、
そして時間と顔…
会場では以前放映されていた「情熱大陸」がエンドレスで流れ、
写真家が浅草に赴き、モデルを探す一日を追っていた。
結局、一人も撮れない日がある。
結局、観光客に写真の取り方をレクチャーして終わった日もある。

そう、フツーに変な人はどこにでもいるのだが、
僕たちの中ではそれはスルーすべき対象となる。その人にしかないドラマをも含めて…。

会場で彼らを正面から見ていると、向こうから語りかけてくるような気になる。
「ああ、そうですか…」心の中でそう反芻している自分がいる。
ありそうで、そういう肖像写真は少ない。
げに恐ろしき、そして愛すべき人たちに今日会いに行けた。

アラーキー曰く、
「こいつはずるいねぇ、こんなフツーに撮っちゃうんだから、やな奴だねぇ!」
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