その男、年齢制限につき。

Category : 浮世の「うっ!」
フリーランスのグラフィックデザイナーになって20年弱。
その間にデザインコンペに応募したのはたったの一度きり。
当時は仕事に“かまけて”それどころではなかった。
二度目に就職した(というか弟子入り)のは
当時、五条通りの灯台と言われたデザイン事務所。
そこの先生は旭川出身で、
毎日か、朝日かの広告大賞受賞して
本人曰く「俺ぁ、このトロフィーだけでこっちにやってきて
仕事をとってきたんだぞ、すげえだろ!」と弱い酒にレロレロになりながら
毎度同じことばかり言っていた。
でもこの先生にはしごかれた。
うんうんうなってラフスケッチしている後ろから
でかい手で背中をバシーンと思いっきり叩く。
「いつまで、やっとるんや!(ヘタな関西弁で)」

当時デザイナーは男子6人、コピーライターは女子1人。
今で言うなら大所帯である。
コピーライターの女子はとにかくこの師匠にボロクソに言われ、
「お前なぁ、もうライターなんかやめちまえよ!」と
でっかく丸めた紙を思いっきり彼女の後頭部めがけて投げる。
壁に向かって小さく肩が震えてるのがわかる。
師匠ご帰宅。
マンションの一室で男子は彼女を慰めるかのように話しかける…
が、「あんたらにはカンケーないっしょ!」的な強烈なリアクションで
さっさと片付けて帰っていく。

マンションの掃除なども最初から放棄していた彼女は
常に直球勝負で、そのうち肩を壊すタイプの人だった。
京都でも著名なコピーライターに弟子入り(この世界師匠だらけ)し、
久々に自転車で疾風のごとく過ぎる姿に声をかけたが
夜というせいもあってか、あまりのハードワークに
別人のように頬がこけ、小さくてキュートなイメージは完全に消えていた。

その後、ラッキーにも大手広告代理店に就職した彼女から
しばらくしてコンペに一緒に出さないかと連絡。
コンセプトは彼女、デザインは僕で新聞の全面広告。
いわゆる全15段というやつ。
当時の僕はアパレル関係の商社やブライダルコスチューム会社など
文字通りアホほど流通広告を作っていた。
着物の黒紋付の広告が業界紙広告賞で奨励賞をもらい
受賞会場の東京に行ったっけ…。
余談ではあるが、中学の同級生だった友達の家に泊らせてもらい
その時のヤツのカミさんの冷たい対応には…まいった。
アポ無しはいけません、やっぱり。

彼女からのそのコンペ話は出版社主催のもので
選んだ課題は吉本ばななの「白河夜船」。
読みもしないで(なんと傲慢な)彼女のコンセプトを
ぐちゃぐちゃに解体してしまい、原型をとどめないほどにしてしまった。
結果はもちろん予選落ち…。
彼女はカンカン。
全くもって酷い男だ。
あれから彼女と会う機会も何度かあった。
当時の話は笑い話。
彼女も「あのコンセプトじゃどっちみち無理だったよねぇ」と
ガハハと笑ってケロリ。

毎年恒例の「京都広告賞」は長年付き合いのあったライターが
ある年に入選していて「いつの間に…」などと
ポカンとしていたこともあった。

ためしに今年の応募要項を見てみる。
去年から、なんと年齢制限が設けられた。
締め切り時点で、プロアマ問わずの35歳未満に限定。
どうやら去年から、完全に若手へのチャンス到来コンペに
シフトしたようだ。

なるほど、老兵はただ黙って酒を呑む…
日本チームにエールをおくりつつ…。




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