「田村はまだか」朝倉かすみ(光文社)

Category : 100円本雑読乱読
田村はまだか

読者は何を読欲基準(こんな言葉はない)にするのか。
古本に腰巻きがあるのは稀で、
僕などはタイトルと装丁(ここでは表紙かな)で手にすることが多い。
だからあらぬ情報による操作?に惑わされるリスクは少ない、
というのは実は変な話で出版社はそれこそ
映画の予告編のごとく、この面積に本体の妙味醍醐味を集約して
それを読者に掴みとして放り投げる。
勘違いなコメントはとことん読者に叩かれる。
映画も小説も同じで、長らく同じことを経験すると、
あらぬ期待を寄せることは前菜、いや食前酒ぐらいの気持ちでいることと
覚悟するものである。
「ラストは怒濤の感動が…」なんて惹句が踊っていたら
思わず手にとって心浮き立ち、いそいそと家路に向かうだろう。
僕はその“問題の”帯を見たことがないから何とも言えないけれど、
人情として考えれば、それを書いた人の責任は限りなく大きい。

2009年吉川英治文学賞受賞作の本作は(それもアマゾンで知った)
6編からなる連作短編集。
でも一話目、表題の「田村はまだか」は良かった。
確かに大嘘のコピーにダマされた読者は星ひとつもあげたくないだろうが、
この読後感は悪くなかった。
受賞に値するかは置いとくとして、である。

札幌ススキノの小さなうらぶれたスナックに小学校のクラス会の3次会に残った40代の5人の男女。
彼らは田村久志を待っている。
当然3次会であるから相応に気の合った者の集まりであり、
遠方から来る田村と当時の自分たちは濃い関係にあるかと言えばそうではない。
クラスの人気者でもなかったこの田村は「孤高の小学生」だった。
男好き故、生活がユルく、派手な母親との二人暮らしは当然貧乏。
遠足の弁当もおかず無しのおにぎり二つ。
しかし達観していた。
5人が酩酊しながらも根気強く田村を待つ間に
当時の哀しくも凛とした田村がらみのエピソードがそれぞれの視点で語られる。
ただ彼が孤高であったことは翻って自分たちが年齢相応といえども未熟であり、
そこに「取り返せない時間」を見て検証する。

語られる逸話には現在では田村の妻となった同級生の中村理香が当然のように登場する。
この問題児は誰に対しても無反応で
彼女もある意味で、そう“ありがちな意味”で達観していたのかも知れない。

世を拗ねた少女。何もしないことで自分を存在させている少女。
「ほんとうはなにもないんだ。どうせ死ぬんだ。いつかみんな死ぬんだ」と
泣きながらクラスメートたちに毒ずく彼女に
女物のピンクのジャージーを穿いた田村が近づいて言う。
「だから生きているんじゃないか」
「どうせ小便するからって、おまえ、水のまないか? どうせうんこになるからって、
おまえ、もの、くわないか? 喉、渇かないか? 腹、すかないか?
水やくいものは、小便やうんこになるだけか?」
「おれの指は動く。おれの足は動く。心臓が動いている」
田村は嗚咽する中村の肩に手を置き、ひとこと、
「好きだよ」と囁く。

このくだりは多少、読者にとっては大きな期待を寄せ過ぎた
この表題作の見せ場であり、この小説のテーマが与えてくれる
ささやかな普遍性と言えなくもない。
この“人生の達人”を待つためだけに何時間もスナックで呑む彼らを
不自然と評した読者も居たが、それもまた小説。
彼らにとって“その後”の彼に会うことを、会えることこそが
今の目的であるのだから、そこは大目に見るのが大人というものだろう。
この連作はスナックに集う男女それぞれが
一編ずつ、それぞれのエピソードによる構成になっている。
従って連作の最後は或るオチが潜んでいるのだが…
多くの読者は多分にこの展開が嫌なだけなのだ。
劇的展開はとかく不自然な状況を生み、
これを読んで「小説の禁じ手」であると改めて確信した読者も
少なからず居たであろうと推測する。

ふとある昔の出来事を思い出した。
何をやっても何もかもうまくいかなくて失意のどん底にいた時に
「もうどうでもいい。死んでもいいんじゃないのか」とまで思い詰めたことがあって、
そのとき、日払いで働いていた工場のトイレに立ち、
自分が放尿する筋を見ているうちに
「飲んだものがこうして出て来る人間ってのは大したものだ」と妙に感心して
なんだか生きてみるのも悪くないかと
おかしなきっかけで心が何とか持ち直したということがあった。

毅然として生きるというのは実際疲れるし、
時には荷物を下ろして休むことも必要だ。
田村と中村は、実は折ってみたら合わさった
限りなく相似形な二人だったのかも知れない。

この40ページにも満たない短編を読み終わって、
5人がそれぞれに際立つセリフとして成立した舞台として
見たい気持ちになった。
とは言え、皆さんおっしゃる、
ゴドーを待ちながら、か?…と。

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