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「 ゆする とりだす 」京都市立芸術大学卒業展から

Category : 現代美術シッタカぶり
2013.2.16 → 2.17【京都市美術館本館】

前回の映像作品に続いて印象的だったのが、
漆工修士1回、前田菜月さんの作品です。
これも平面作品と出来上がるまでのプロセスを映像として展示しています。
まず映像を見て、瞬く間に(この速度が大切なんです)共感してしまい、
是非ご本人とお話がしたいと思っておりましたが、
お知り合いの方と話し込まれていて、結局一通り卒展を見た後に
もう一度、前田さんのブースに伺いました。
シャーレの水に漆を垂らして振動を与え、3分間経過したものを
すくい取り、平面として展示しています。

自負を以てこのジャンルに位置する京都芸大ですが、
個展などを見るにつけ、先輩諸氏の発想の豊かさには驚かされることが多いのです。
漆工はことさらにテクニカルな部分をクリアしていかないと
結局のところ作者が思う様な作品にはなり得ない要素が強いジャンルです。
いわば職人的技術、あるいは工芸的なニュアンスやエッセンスが
強く作品に反映される分野でもあります。
漆黒という言葉にはただ目に見える“黒合い”を越えた意味があります。
石や金属、木に人間の手が加えられて丹念に磨かれた艶とはまた異なる
漆だけの持ち味というものが人をとりこにするのです。
漆作品にも共通することは、コーティングという過程です。
つまり漆を漆たらしめんとするところは
手作業によるコーティング技術が結果として作品の質を左右し、
それがためにコーティングされる対象の妙が
作品そのものとして更に改めて成立するという二重構造にあります。
それは用としての器であってもオブジェであっても同じです。
会場にもさすがに京都芸大だけあって様々な作品が展示されていました。
いわゆる“手の込んだ”ものです。
時にはそんな漆の生真面目さが正直に申して失礼ながら重たいなぁと思える時もあります。
仕上がり(出来映え)にばかり目が行ってしまうというか…。
しかし、その感覚的な重力感は向き合う時間と比例しているのかも知れません。
この“作品”はそれとは一線を画するものでした。
僕はそのことに少なからずショックを覚えたのです。

作者はスペインの洞窟を訪れ、
そこに地殻振動による人為ではなし得ない造形を実感します。
勿論そこには人間の目の届かないところで気の遠くなる様な
「経年の果ての所産」とも言える或る力を感じたと想像されます。
「漆と振動」という「素材と行為」の絶妙な関係を可視化した作品は、
先に述べた漆の特性を全く違う視点から捉えたものです。
僕は漆の専門家でも何でもないので難しいことはわかりませんが、
前田さんの直感とも言うべき、この二つの結びつきは
見る者に“或る示唆”として、または暗喩として訴えます。
この作品は(結果として平面に抽出された振動)すでに発想された時に
作品として完結されている、行為における完成度の高さを感じさせます。
それは装置の簡易さなどものともしない着地点の鋭さに通じます。
シャーレやたらい、バケツなどの違いは面積や材質によって振動の伝わり方も違って、
それぞれに二度とない表情が、一瞬にして現れては消えていきます。
全く見ていて飽きません。
漆と水のいわばネガティブな関係が、深層に潜む摂理のようなものまで引き出すとは
到底思えないでしょう。
しかしここにも僕などは(大げさでなく)現代美術だからできるミッションを垣間みるのです。
さまざまな絵具や塗料を試してみて
この作品においてのみ最高の相性となった漆と水。
振動を与えた時の、ほんのゼロコンマ何秒かの“景色”は
勇気をもって挑んだ(というか、遊んだ)前田さんのセンスだと思います。
映像としてアップすることはできませんでしたが、
僕の言わんとしていることの半分でもわかっていただけたらなぁと切に思います。

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