「 美術家になるには 」村田 真 著(ぺりかん社)

Category : 100円本雑読乱読
美術家

冗談か、斜に構えた内容か、もっと言えば揶揄した本か…と思いきや、
「将来何になりたいか?」いろいろな疑問に答える職業案内シリーズです、とある。
「なるにはBOOKS」という現在まで150巻出揃っている新書で、
最終的には180巻以上の職業を網羅する予定のようだ。
どのような道筋、手立てを経て“少年少女”が憧れる
(せめてこの頃は、ああなりたい、こうなりたいと勝手な妄想を膨らませて欲しいね)
職業に就くことができるかを、至ってわかりやすく解説したものなのだが、
…なのだが…さて、職業とは何だろう?
そう、この定義づけについてはそれぞれに温度差があるし、経験値や年齢に準じて
考え方も価値も違うし、また既婚未婚でも主旨は異なる。
食べていくためにする(べき)仕事、という基本に立ち返ってみると、
この39巻目の「美術家」は職業ガイドとして果たして成立するのか、否か。
たかだか155ページの新書で語れるべきものなど知れている。
が、これもまた「あるある本」として、もしかしたら生徒たちの進路の
一助として職員室の棚にずらりと並んでいるかも知れない。

ワークショップや観劇、あるいはギャラリーなどで出会った俳優やダンサーや、
そして美術家たちに正面切って「どうしたらそうなれるんですか」と尋ねてみても
片手に「困惑の表情」を、そしてもう片手に
「何がなんでもなりたい人がなって、そうでない人はならなかった」という
至極明快な土産しか持ち帰れないのではなかろうか。

子どもたちに説明する、その説明も「人ぞれぞれで成り立ちが違う」という前提のもとで
しかし現実にその職業が今の世の中でどんな立ち位置にあるのかも知っておく必要がある、
というスタンスで読んでみると、なるほどうまく書けてはいる。
この「美術家」に限ってかも知れないが、
子どもたち(どの辺までを差すかは置いといて)が愕然とする一言が
まず「はじめに」で登場する。

抜粋しながら紹介すると
「美術家には資格も免許もいらないし、自分は美術家であるという自覚さえ持てば、
あなたはもう美術家なのです。こんなにやさしいことはない。
しかし美術家になるのは簡単でも、美術家としてメシを食っていくとなると
両者には雲泥の差があります。
そして年収一億円の国民的美術家も収入ゼロの自称美術家も
等しく美術家であることに変わりはないのです。
むしろ売れる作品をつくる美術家ほど「魂を売った」と非難されたりするけれど、
売れない美術家は「純粋だ」と共感されたりもする。
これが美術家という職業のおもしろさです。
そもそも美術家は職業であって職業ではありません。
美術制作を金もうけのための労働と割り切っている人はまず居ないでしょう。
だから金もうけのうまい美術家ほどうさんくさく見られ、
全く売れない美術家でも尊敬を集めることができるのです。
美術家になるのは本人次第です。
美術家になったところで誰が喜ぶわけでもなく、
辞めたところで誰に迷惑がかかるわけでもない。
はっきりいって、美術家なんて居ても居なくても世の中は大して変わらない、
どうでもいい職業なのです。
だから美術家には無限の可能性がある、とも言えるのです。」

どうですか?
上記の抜粋内容を美術家本人、キュレーター、ギャラリスト、美術ライター、
またコレクター、美術商に読んでもらったら果たして、それぞれにどういった見解があるだろう。
価値基準は立場によって異なる。
そして何よりも、夢見る少年少女たちはマスメディアがもたらす功罪のどちらをも知り、
それでも彼らが魅了されるに十分な環境に幼い頃からどっぷり浸かっている。
上記の「金もうけのうまい…」下りから最後までは少なくとも
職業としての意義に乏しい(というか意義立てが難しい)美術家をめざす彼らへの
せめてもの救いなのかも知れない、と考えると世の美術家は落胆するか。
作品を売る、名前を売るために、何かを利用する、という順序立ては至って健全であるし、
それ自体とやかく言われることはないにせよ、
ある見方からすれば、それこそが「無限の可能性」だと皮肉りたくもなろう。
問題は「作者としての意識の成分と濃度」という気にもなる。

ところで先日、録画したBS朝日の木梨憲武のMoMAの番組を見て、
(まず無いことらしいが2時間ほどBS朝日が館を借り切って撮影したとのこと)
“なぜ現代美術はわからないのか”という番組のテーマを
ではなぜ“それは新しくて刺激的なのか”という巧みな「すり替え」によって
説明していこうという主旨が見えてきて最後の最後になんだか嫌になってしまった。
最近ではやたらキュレーター(そもそもは学芸員だが)が脚光を浴びて
作家と並列にキュレーターの名前が展覧会に大きく出て来て、
僕などはそれだけで辟易してしまう。
いわゆる美術系の専門職なのだけれど本来は「縁の下の力持ち」ではないのか。
なんだか本末転倒な感じがしてしまうのは僕だけか。

白く塗られたカンバスに斜めの四角が描かれている。
とんでもなく有名な画家の作品だそうが、年配のキュレーターへのインタビューで
「これなんか描けそうな感じなんですが…」と問うと
途端に小馬鹿にした顔で「描けませんよ。ええ、あなたには絶対描けませんね」と言う。
描ける描けないで話をせずに、肝心なのは
「あなたにはもはや描く必要はない」と答えておけばいいのだ。
つまり描けそうな作品を見て(一見、稚拙な)描けるか問われたら
ムキになって「描けない」というよりは「描く意味がない」と答えるのが大人というもの。
その後で別なキュレーターが
「この作品には数多くのドローイングが残されていて緻密に計算されたレイアウトなんです」
と言うのも僕には余分な話だ。
番組は最後の数分で見事に解決して(したように)見せる。
つまり彼らは現代美術家と呼ばれる人の作品を時系列に見ていき、
その全てをアタマに叩き込んでいる。
Aから進化したA'を現代美術の系譜に組み入れて、
この作品に潜んでいる刺激的な要素や主旨をクローズアップし、
新しい作品として認知し、さらに来るべき作品を“鑑定”するわけだ。
僕たちはこの時系列に並んだ枝葉を見ないで
それぞれを一点ずつ鑑賞していくから、成り立ちが分からないまま、
「なんだかちんぷんかんぷん」となる、と語る。

本について書こうと思っていたが、
結局、わからないままに終りそうだ…
さてこのGWはさっぱりのシフトで、ギャラリー廻りもおぼつかない。
やれやれ…

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