エンブレムへのレクイエム。

Category : 浮世の「うっ!」
こういうことになって、もうこの件について考えるのはバカバカしいなぁと思ってはいますが
「盗作であるか否かという「話題」について個人的には全否定 “したい” 気持ちであること。
佐野研二郎というデザイナーの業績、実績、そして結果としての受賞歴、
また彼の「肩書き」を見て盗作したと考える方に無理があります。
近似と盗作が、まるで罪人のごとく報道されるという絶対的な根拠は無いはずです。」と
8月4日の拙ブログにアップした冒頭部分については、
その時の僕の正直な気持でした。
さて、昨日エンブレム使用中止の一報が入り、
確か利用者様の食事介助をしながらテレビで会見を知りました。
ブログにアップした内容は結論から言えば盗作うんぬんというよりも
デザインそのものに何ら魅力を感じなかったという個人的見解の前提があり、
僕などには盗作であるか否かの検証のしようも無いわけで、
結果的にパクリが指摘され、その後も展開例の写真の流用、
原型デザインそのものの盗用疑惑と、あれよあれよという間に彼は
「パクリの総合商社」のように扱われています。
何よりもただただ残念の一言です。
「今日の佐野」と揶揄されるほどに毎日のようにパクリ指摘が表出しています。
(今のところ事実はわかりません)
一体彼はデザイナー以前に何者なのかと思わせるほどです。
もっと言えば「ひと」としていかがなものか…
ここまで短期間に天国から地獄へ落ちた例は小保方さん以来です。
もしかしたら佐野というデザイナーによる盗用なのではなく、
盗用を何とも思わない彼がたまたまデザイナーになったのかも知れません。
しかしこれについては何ら確証がないのが現実です。
佐野さんが何らかの罪に問われるのかもわかりません。
一つひとつ「謎」を解き明かしてくれる人は必ず居るはずですから、
ひとまず佐野さんの件は置いときましょう。

問題は取り巻きの連中です。
「佐野氏が作成したエンブレムがオリジナルであることには変わりないが、
このエンブレムが強い批判を受けていることを考えれば、
大会組織委員会の決定を理解することができる。新たなデザイン選考の結果を楽しみにしている」。
まぁ、呑気というか、どれだけのカネをドブに捨てたか、
このお間抜けな国際オリンピック委員会のコメントから察するのは難しいです。
お友達でもない佐野さんを擁護したわけでもないですが
「当然のモラル」として有り得ない、と感じたから、
そのままブログにアップしましたが、
今、「誰も悪くない」とうそぶく厚顔無恥な連中や組織そのものの責任を徹底的に追求せねば、
やはり腹の虫が納まらない落選された方々の気持ちにそぐわないと思います。
「新しいスタート」というフレーズをここで持ち出すバカども(失礼)も然りですが、
スポンサーが一斉にバカども(またまた失礼)に集団訴訟を起こしてもおかしくない状況です。
そして「何でもすぐ忘れる日本人」の居る日本国内の話で済まないのが、
かつての「デザイン大国」と称された日本の失墜、ダメージです。
彼の一件でグラフィックデザインという世界が何とも生臭く、
いやらしく、姑息なものと映る、
修復不可能な状況を図らずも世界へ発信してしまいました。
中国を「パクリの国」とバカにしていた国がこのていたらくです。堕ちたものです。

さて、デザインのこと。
僕も長年デザイン業界に居ましたが、
これほどにあからさまな「盗作」「盗用」といった件に出会ったことはありません。
ただ佐野さんが(ここでは代表である佐野さんという意味で)展開例で使った写真が
海外のブログに使用されたものと一致したという件については
スタッフ間や、あるいはデザイン部というセクションが部署としてある会社であれば
社内の「たたき台」として示すことは事実あります。
そこでクライアントに示す段になってカメラマンに頼むか、
スタッフが現場へ行って撮影するわけです。
社外へその写真を使ったプレゼンを出した瞬間に著作権に引っかかるからです。
つまりこの「使われた写真」そのものが利益を得るための材料として使われたと解釈されるわけです。
よく「個人で楽しむ以外は使用を堅く禁じます」という旨の文章を目にしますよね。
直接的には関係はありませんが、
このブログの現代美術レビューは数えて570本に達しようとしています。
或る時アップした個展にコメントが寄せられていました。
記憶の限りでは「あなたはきちんと許可をとって撮影しているのでしょうか」といった内容のものでした。
作家なのか、関係者かは定かではありませんが、
その時、自分がなんと無神経だったか、気付かされたのです。
このことを機会に必ず撮影許可をギャラリーなり、
作家さんなりにもらってからシャッターを押すようになりました。
もっとも今では「うちは全て写真撮影を許可していることを
作家にも伝えてあります」というギャラリーも増えてきました。
しかし撮影禁止の作家さんも大勢いらっしゃいます。
無知ながら理由をお訊きすると画像を拡大して、
いつのまにか生地にプリントしたり流用したりといったフトドキな輩が居るという話でした。
考えてみれば、もし佐野さん側が許可無く流用したとなれば、
この「フトドキな輩」がまさしく佐野さんというわけです。
僕がデザインを始めたころはもちろんMacはありませんでしたから、
方眼紙に定規を当ててロットリングでトンボ引きから版下を作りました。
その後にトンボシールが発売されたときの喜び!ときたら、というくらいに、
デザインという仕事は手作業の連続でした。
つまり職人的な手作業以前に「優れた発想」を求められていたわけで、
今考えれば健全な職場であったと思います。
仮に写真を流用したくても、元々印刷されたもの(4色掛け合わせ)を使えば
明らかにクオリティが落ちて、モアレも見えて一発でわかってしまいます。
パソコンがないので網点をぼかして消すなんてこともできません。
佐野さんに欠けていたもの、それは「ネット社会でデザインする」ことのリスクを
甘くみていたということです。
ネットから流用すれば、その瞬間から相互関係が成立してしまうのです。
だって原型デザインが盗用指摘された展覧会のバナーについても
佐野さんはネットにわざわざ書き込みしてますよね。
もちろん賞賛コメントです。
なのにバナーに関して「見ていない」というのは
「水増しして経費を流用していない」とシラを切る議員と同じレベルの言い訳です。
アカウントを削除しても画面を画像として保存されれば、
永遠に拡散されてしまいます。
自分とこのバカ(またまたまた失礼)スタッフのしでかした不始末を
陳謝するのは代表として当然ですが、
傷ついたキャリアのデザイナーの作品(=ではなく、これは商品)を
ありがたく使っている会社は「縁起が悪い」と思うでしょうね。
佐野さんのデザイン人生はこれで終わりでしょうか。
彼は現在最も孤独なデザイナーでしょうか。
彼を擁護したデザイナーも今頃、事務所の隅で震えているかも知れません。

彼のしたことの重さ、彼を推した人の責任、検証もせずに一件落着しようとする連中の無知ぶり、
そして「普通はわからんようにやるやろ」と心の奥のほうでつぶやく無数の弱小デザイナーたち、
「もう、やるのはやめよう」と我に帰るフツーのデザイナーたち、
何よりも「デザインする」ことの原点を再認識しようではありませんか、と
マジメに言いたい気持です。
佐野さん、自ら出て来て釈明なり、質問なりを受けていただきたい。
あれだけの受賞歴があるあなたも単なる俗物に過ぎなかったことを示して下さい。
そして全てのクライアントに深く謝罪してほしいのです。
身から出たサビとは言え、40代にして、終わりでは悲しすぎますよ。

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