「 赤松 加奈 展 」

Category : 現代美術シッタカぶり
2015.09.01〜09.06【 galerie 16 】

P9020013.jpg

個展に伺うと同じような温度を感じるジレンマに出会うことがあります。
四角い「号」というサイズの中(もちろん支持体は様々ですが一例として)で
芸術表現を限りなく「自己完結」させていく作業に対する疑問がその一つです。
例えば○○の専攻であっても作品が○○とは限らない、ということに
驚かないようになってきたのは、
いろんな作品を見ていくうちに、
自分の中にカテゴライズされて思い込んでいたものから
解放しようとする思いと
作品への視点について、ある種の免疫が出来てきたからのようです。
今年の京都造形芸術大学の卒展で
ゆっくり記憶のコマを巻き戻すと赤松さんの作品がだんだん見えてきました。
(なんせ検索機能が激しくポンコツなもので…)

P9020005.jpg

P9020006.jpg

P9020007.jpg

赤松さんは油画の出身です。
この会場の作品は赤松さんの中の或る光景を描いたものです。
冒頭のジレンマ、それは赤松さんにもあったようです。
描くものをどう立ち上げたらいいのか。
その光景、この世界観の中にどうやって自らが入り込んだらいいのか…
赤松さんの作意の中にはいわゆる彫刻という観念はないようです。
結果的に絵画が立体へ「像を立ち上げた」と見た方が当たっています。
自分なりの方法論で描きたいものを表出させようとする時に
むしろ「画法や技法」は邪魔になるのかもしれません。
もちろん真逆の考え方も存在します。
ストイックに画法というものに向き合い、
それこそ四角い「無」から色や形が誕生し、
その中でこそ研ぎすまされるべき
観察眼や具現化への究明が普遍的なテーマであることも確かです。
面白いのは彫刻をされている方の見方だったようです。
馬のディテールに目がいくんですね。
つまり彫刻となるものの構造と実体です。
赤松さんは細かいニュアンスを
それぞれのディテールに反映されるということをしてはいません。
これも平面→立体への過程に一つのフィルターが
存在するということですね。
だからこそ面白いのかもしれません。
そして、赤松さんにとっては会場にある作品は
個々の意味合いを持つものというよりも
全体で一つの作品であるということのようです。
材質はキャンバスですから
縫い合わせにはかなり苦労されたようで
工業用ミシンの針を何度も折りながらの作業だったようです。

P9020008.jpg

P9020009.jpg

P9020012.jpg





スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

58カ国語に翻訳
English
お越しいただきありがとうございます

den

………………………………………
アート・ドキュメント・ブック・
ミュージック・演劇・ダンス・
朗読・時事・ひがみ・そねみ・
やっかみ・おせっかい…
などなどシッタカぶって書きちらかしては
自己嫌悪な日々をゆらゆらと
過ごしております。
「シッタカブリアンの午睡」
「デラシネ光合成」をこのたび一本化。
言いたがり、やりたがり、ノリたがりな
のんのんとしたブログにお越しいただき
ありがとうございます。
………………………………………

ここから、また…
最近の書き散らかし…
こんなこと書いてます
こちらへもどうぞ!