「 加藤 穂月 展 」

Category : 現代美術シッタカぶり
2015.09.08〜09.13【 galerie 16 】

この4月に堀川団地の524号室を
アルトテック・ギャラリーとして
計5人の作家の作品展示が行われました。
椿さんの提唱する企画による展示はそれぞれに
特徴ある濃密な作品を連続して見ることが出来て
ギャラリーの帰り道にもなっていたので
出来る限り覗いてみました。
そんな中、加藤穂月さんの作品の
特にコントラストとタッチに興味を惹かれました。
卒展の作品は大作で、
今回の新作へとテイストが繋がっています。
アルトテックで展示されていた作品にも再び出会え、
あの時の“奇妙な共感”がよみがえってきました。

自分のスタイルを持つことが
かえって創意に縛りをかけてしまう、
作家とはそんな宿命的な課題を背負うものかも知れません。
絵を描く人は五万といるわけで
作家の心の隅には「区別されたい」と思う気持ちが
どこかに必ずあるはずです。
僕などは記憶の回路部品が相当にポンコツになってきているので
どうも作家さんのお名前を失念することが度々あります。
それでも作品を見るとわかるんですね。
五万と居る作家さんが暗に欲求としてある「区別」の意識は
しかし、どこかの交差点で不意に
曲がってみたい気まぐれさも持ち合せています。
加藤さんの作品を見ていると
テーマによって明らかに筆法手法を変えているのがわかります。
全く別の人が描いたようにも見えるのですが
やはり通低しているものは、加藤さんであること、なんですね。
或る種の不穏さが潜んでいるかのようなシーン。
起き抜けの怠惰な時間、
妄想と瞑想が素面の自分に
代わる代わる染み込むかのように訪れる一瞬。
加藤さんにつげ義春の世界に共通したものを感じると言うと
なんとご存知だったのでびっくりしました。
この「つげ的」世界に浸ったような作品と
色彩のチョイスもアウトラインの明快さも
何よりも「無言の抵抗」とも感じ取れる作品があります。
今の時勢や状況を緩やかに反映したものですが
直接的に政治的なメッセージを含んだものではありません。
なんとなく今の日本を描くとしたら
こんな感じかなぁと思える絵です。
淡々として、暗澹として、モラトリアムな
置き場のない心が向かう未来を暗示しているようです。
描きたいテーマに沿った描き方を
明確に提示してみせる、
これからが面白い、増々楽しみな作家さんが
一歩を踏み出したようです。

k2_20150911091705718.jpg

k3_201509110917063d4.jpg

k4_2015091109170822a.jpg

k5_20150911091709829.jpg

k6_201509110918395e1.jpg

k7_2015091109184088a.jpg

k8_20150911091842995.jpg

k9_2015091109184344e.jpg

k10.jpg








スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

58カ国語に翻訳
English
お越しいただきありがとうございます

den

………………………………………
アート・ドキュメント・ブック・
ミュージック・演劇・ダンス・
朗読・時事・ひがみ・そねみ・
やっかみ・おせっかい…
などなどシッタカぶって書きちらかしては
自己嫌悪な日々をゆらゆらと
過ごしております。
「シッタカブリアンの午睡」
「デラシネ光合成」をこのたび一本化。
言いたがり、やりたがり、ノリたがりな
のんのんとしたブログにお越しいただき
ありがとうございます。
………………………………………

ここから、また…
最近の書き散らかし…
こんなこと書いてます
こちらへもどうぞ!