「 児玉 靖枝 〜 深韻 ー 花違え 」

Category : 現代美術シッタカぶり
反対車線を自転車で走りながら、
全面ガラスのギャラリー内を遠目に見ます。
四角く縁取られた緑色の枠がいくつか。
「そこに描かれている何か」に淡い思いを寄せて
ギャラリーの扉を開ける。
僕にとって「絵」を見るということが実生活に於いて
どれほどの影響を及ぼすかと言われたら正直申せば、
存外それについて語るほどの語彙も麗句も持ち合せてはいません。
ただ、じっと絵の前に立って、じっと見る…
この人は何を描きたかったのか。
描く行為とは果たして「誰」への表現なのか、
それとも自己へフィードバックするための絶対的手立て=自己愛なのか、
その過程なのか、結論なのか、僕には想像もできません。
言えるのはシッタカぶれば「その全てが糧」であるということです。
児玉さんのことを検索すると
「美術館にアートを贈る会」というプロジェクトを知りました。
その発起人のお一人でもある田中恒子さん
(実は田中さんとは昔、或るコミュニティダンスのワークショップ&ショーイングで出会い、
以来ギャラリーで度々お会いしてお話させていただいてます)の
2008年のインタビューを見ることができ、
中でこういうことを仰ってます。
「私は作品というのは3つの権利があると思っています。
コレクターには物的所有権があり、作家には知的財産権があり、
国民には鑑賞権がある、と。
私は長年現代アートのコレクターとして生きていて、
何かできないかとつねづね思っていたので…」
このインタビューを読むと美術館は一体誰のために存在するのかという、
至って単純な、
それでいて改めてあまり考えたことのない疑問への
明快な提示を話されています。

田中さんへのインタビュー → http://art-okuru.org/interview/index.html

その「美術館にアートを贈る会」が
第5弾の寄贈プロジェクト作家として選考、
決定したのが児玉靖枝さんです。
選考の経過や報告もですが、ご本人のアーティストトークが
実に微に入り細にわたりといった感じで
かなり長いですが作家としての30年に亘る絵画制作の変遷が綴られています。
僕の拙いレビューよりも、読み応えのあるトークをお時間があれば読んでみてください。
「絵を描く」というものの真意が見てとれると思います。
美術系の学生や現役の作家さんにも
またアートラヴァーズにもとても興味深い内容だと思います。

児玉さんのアーティストトーク ↓
http://www.art-okuru.org/interview/index03.html


P9090015.jpg

P9090016.jpg

P9090017.jpg

P9090018.jpg

P9090021.jpg





スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

58カ国語に翻訳
English
お越しいただきありがとうございます

den

………………………………………
アート・ドキュメント・ブック・
ミュージック・演劇・ダンス・
朗読・時事・ひがみ・そねみ・
やっかみ・おせっかい…
などなどシッタカぶって書きちらかしては
自己嫌悪な日々をゆらゆらと
過ごしております。
「シッタカブリアンの午睡」
「デラシネ光合成」をこのたび一本化。
言いたがり、やりたがり、ノリたがりな
のんのんとしたブログにお越しいただき
ありがとうございます。
………………………………………

ここから、また…
最近の書き散らかし…
こんなこと書いてます
こちらへもどうぞ!