「 亡失の想起 〜 多羅 信綱 」

Category : 現代美術シッタカぶり
2015.09.29〜10.11【 gallery ARTISLONG 】

作品と会場の折り合い。
うまくいく時とそうでない時。
せっかくの作品の魅力が半減する時。
作家さんは会場選びやスペースの、
ことに容積と自分の作品のバランスについては
素人の考えなど及ばないほどに腐心されるでしょう。
ところで色々な声が聞こえるのは、
石や鉄の彫刻作品がめっきり減ったということです。
僕の数少ない展覧会レビューの中でも
この素材に関わる作家さんは滅多にいません。
それだけに展示に関しては
強烈に印象に残る作家さんたちばかりです。
物理的にも、制作に際しての
細かい条件が整わない(場所や音)などの
ご苦労もあるかと思います。
このギャラリーは天井高もそれなりにありますから
相応に大きな作品も展示できますが、
メインの作品は中央に置かれています。
作品自体もさほど大きくはありません。が、
やはりその存在感が周囲の空気を押しのけて
しっかりと鎮座しています。
石ならではの重力のイメージに確実に沿う
「空間への占め方」がここにあり、
久しぶりの石彫作品ならではの観客としての手応えが感じられる個展です。
多羅さんは「あらかじめ切り取られた(採取)された石について
掘り進めることになんら躊躇はないが、
一個の自然石は話が違う。カタチ、存在として
以上でも以下でもない完結されたものへの、
どう彫っていけばいいのか、どう完成させたらよいのか、
という悩みがつきまとう」と仰ってましたが、
それは同時に石そのものへの畏怖が強く感じられました。
作品は3点。切り出した石に加工したもの、
自然石への加工とありますが、
どれも「内包された新空間」とも呼べる
多羅さんが試行錯誤しながら作り上げてきた世界がありました。
そのスリットを覗いた瞬間に僕は内部へワープしていきます。
この空間づくりには
石そのものを大きく切り分ける作業が必須であり、
また失敗の許されない作家の
「見立て」がそのまま石の関わりの経験値となって反映されるという
恐さもリスクも持ち合せています。
石の「目」を読み取って、いくつかの穴を穿(うが)って、
氷ブロックから切り分けるように
慎重に作業を進めていきます。作品から受ける印象は、
うまく彫っているという工芸的なものでもなく、
観念が先走って素材が取り残されるようなものでもなく、
僕にとっては、もっと哲学的な示唆に富むものでした。
それは石と人間の長い長い歴史と、
それに伴う濃い関係性そのものかも知れません。
希少な石の彫刻家である多羅さんの
「石との旅と対話」は
永遠のテーマでもあるでしょう。

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