「 ひみこ 個展 〜 ぼくはクマ 〜 」

Category : 現代美術シッタカぶり
2015.10.13〜10.18【 KUNST ARZT 】

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あなたにとって「 kuma 」は「クマ」か「熊」か…
日本語の表層的イメージ、なんというか、
よく言う「字面(じづら)」について、
こういう機会に考えてみると実に面白いなぁと思います。
熊はもう、ケモノそのもので凶暴で巨大なイメージですが、
クマとなるとあとに「ちゃん」が付きますね。
あと落語好きな方なら長屋の「熊公」ですか。
こういうハマり方をする日本語の表記の機微というのに出会うと
やはり特殊な言語形体であると意識します。
さて、ひみこさんの過去の展示はというと
「プライベートな混沌」を示すことで他者との反応、対話を試みながら、
さらには崩壊へと突き進んでいきました。
その辺の経緯をお訊きしたところ、
やはりご自分の中で「テーマの整理」という課題があったようです。

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壁一面のクマはその数1200体。
こういった「集積」をコンセプトの一部とする展示は
やはり「量と質」の極めて繊細なバランスというものが必須であって
むやみに圧倒されるだけでは「呼び起こすこと」はできない、と思います。
やはりセンス、です。
悪趣味の方へ一人歩きするリスクは充分ありますから。
お気づきでしょうか、
このクマには目がありません。
100円均一であろうとなかろうと
ぬいぐるみの目をくり抜くというのは大げさでなく
「切り苛(さいな)む」行為として決して愉快なものではなかったはずですから、
そこを慮る見方というものもあります。
目のないクマたち、
しかしその鼻と口元の至ってシンプルな「サイン」は
すでにクマ以外の何物でもないわけです。
床一面のピンクのフェイクファーも強烈に環境構成の要素になっています。
ここに低いテーブルとお酒とつまみがあれば
やや刹那な愉楽のひとときがおくれるはずです。
そして奥のサブルームを覗いて見れば!

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生身のドールが長座位になっていてドキッと……
何の支持もなかったそうですが、足の組み方が絶妙でした。
(そこかい、と突っ込まれそうですが実はこういうのが大切なんです)
やはり彼女、いやドールも目が隠されています。
ドールの存在は僕の中では際立って大きかったですね。
この個展に関して言えば全体の展示環境のセンスと
構成される要素がきちっと作家のコンセプトにハマっていました。
ドールのことも考えて空調が切られていたせいもあったでしょうか、
室内は何ともいえず、
ムンムンな熱気でした…ハイ。

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