「 伏見 渚・松尾 彩加 展 」

Category : 現代美術シッタカぶり
二人展です。
二人で展覧会をする理由や動機は様々です。
もちろん大学で一緒だとか、
それ以前に普段から仲良しだとか…それから…
いろいろあってもやはりいずれは一人でやりたい、という方へ行く前に、
そう、この二人には静かなドラマがあります。
これは7年越しに実現した展覧会です。
二人は同じ故郷を持つ、同じ年齢の、
そして同じ「絵を描く」という、
互いの人間形成のファクターとして
決して外すことのできない行為を共通項としています。
しかしながら(誠に恐縮ですが)
「学習と選択の連続」を人生訓においている僕としては、
この3つの共通項を持つ二人がそれぞれの選択を通じて分つ時を迎え、
互いが「絵を描き続けている」ことへの呪縛と希望と安堵と、
そして差異を意識しながら、
その行為について物理的な距離(があったからこそ)を越えた
或る種のシンパシーを抱いていたことは想像にかたくないと思います。
松尾さんは「自分が寝ている時、彼女(伏見さん)は今、
描いているのではないかと思うことが幾度もあった」と
話してくれました。
この意識は決して過剰な思い込みなどではなく
「絵を描く」者の性(さが)のような気もします。
やがて別々な美術大学へ進学、
そして卒業します。
日々の生活の中でリアルに「書くこと」の意味を求め、
ふくらみ、しぼみ、空虚さの中に埋没しそうになります。
僕はいつも作家の孤独な制作過程を想い、
芸術家としての己を確立させるべく鍛錬する姿を
作品を通じて半ば見ているつもりになります。
しかし一人であることの重さは同時に、
かつて手立てとしていた「何か」から
半ば強制的に離脱せねばならないという宿命も背負っています。
お二人の間の互いを必要とする微熱は
やがて確信に変わり、こうして二人展をすることによって
改めて「絵を描く理由」を確かめ合い、
そのことに向き合いながら、
FBのタイムラインで伏見さんの
「結果として互いに血判を押すような企画になったのかも」という
言葉に表されるような「意志表明」につながったのではないでしょうか。
シズル感豊かな花を描く松尾さんは、
その花の向こうにある日本の美意識に焦点を合わせ、
片や動きのあるストロークで
感情をキャンバスからはみ出んばかりに表現する伏見さん。
僕は運良くお二人に会い、
お話しさせていただくことができました。
静かなドラマは幾章にも続きながら
「画友」を越えた二人の関係に
「生きていくための糧」を表しています。
作品画像は伏見さんからです。

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