「 倉本 隆之 展 〜 メメント・モリ 」

Category : 現代美術シッタカぶり
2015.10.27〜11.01【 ART SPACE NIJI 】

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メメント・モリ、というとすぐに思い浮かぶのが藤原新也さんの著作です。
この「死を忘れるな」というフレーズは僕にとってなぜか、
事あるごとに頭の中を通り抜けていく言葉の一つです。
なぜかはわからないのですが…
3年前にここで見た倉本さんの作品の第一印象は
「狂気じみた円形の集合画」でした。
それは常人の感覚を越えた或る執着というか、
ほとんどパラノイアに近いものでしたが
(しかし画家は多かれ少なかれそうなる素養を皆さんお持ちなのでしょう)
あれから倉本さんはこの展示のために新作を描き続けていました。
つまり地元の福岡では個展を開いていないのです。
京都での展覧会のために3年間描き続ける…
これは中々無いことではあります。
さて、パラノイアなどと倉本さんには失礼に聞こえたかも知れない第一印象は
ここで改めて「メメント・モリ」なる言葉を反芻するうちに
ステートメントに書かれていた「出会い、別れ、
付随する喜び、悲しみ、それらを全て含んで生きる事の大切さを
死を忘れることなく、生を謳歌する(抜粋)」という一文に、
キャンバスに筆を置きながら、
倉本さんが得たもの、失ったもの、考えたことを文字通り
「肉体を酷使したハードな制作(抜粋)」を通して実感され、
その想いがこの無数の円に込められているのかも知れないと思いました。
遠目に見ると全体の構成がわかる仕掛けになってはいますが、
おそらくは一瞥するだけでは細部のディテールに目を奪われて、
それだけ“引き”で鑑賞する余裕はないかもしれません。
残念ながら会期終了後のレビューとなってしまいましたが、
これは実物を見ることでさらに、
先の「肉体の酷使」云々の文言の真意が推し量られると思います。
色合いやモチーフに僕などは横尾さんを思い浮かべました。
同じことを別の人から言われたとおっしゃってました。
前回の「緻密さと極彩」の要素はもちろんですが、
今回はとても厳粛な啓示を絵から強く受けました。
それは宗教的ですらありました。
そこにも「横尾的」なテイストを感じた理由かもしれません。
人間を解きほぐせば、目にも見えない細胞になり、
死を迎えることで、もしかしたら細胞(点・円・丸・球…)たちは
強く引き合いながら永遠の眠りにつくのかもしれません。

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