「 上坂 秀明 展 〜 塵山 〜 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2015.11.03〜11.08【 gallery morning 】

ギャラリー奥のなんとも無造作に見える展示による
200点にのぼるドローイングに圧倒されながら、
上坂さんの「日本画を描くというスタンス」の上での
オーストラリアでの留学体験のエピソードなどを伺っている間に
肝心の表側の大作についてほとんど振れていないことに気付きました。
でも、タイトルにある「塵山」から派生する=絵具をひと筆ひと筆置きながら、
求める色や象形が出来上がっていき、
やがて「上坂さんの日本画」という副題が
どの作品にも添付されることを考えれば、
まさしく海外で描くという行為があったからこその、
ご自身の日本画への確信が強くなっていったのではないかと察し、
それらの大作については僕の心の中で行きつ戻りつしながら鑑賞しました。
上坂さんの言う「小石サイズの思考モデル」は
多分アトリエに居るだけではカタチにもならなかったはずで、
やはり留学体験が画家に及ぼす影響は
計り知れないものがあったようです。
言葉が通じないというジレンマを、
そのまま、描く、いや、描きまくることで消化し
「絵に救われる」思いをされたことと同時に
「絵の持つ力」は、言葉という感情を置換し説明していくという作業にかかる
「思考のタイムラグ」を消し、瞬時に軽々と越えてしまうものなのでしょう。
お話の中でアボリジニのドットのくだりも出て来て、
ドローイングの中にやはり点の集積のようなものがあって、
無意識的に刷り込まれている感覚が面白く、
先に見たディジュリドゥ奏者のGOMAさんの作品の話をすると
上坂さんも好きだということでうれしかったです。
やはり自然物、あるいは風景、情景の捉え方が
日本人とはだいぶ違うことで、
対象に対して小さな作業を積み上げて出来上がっていく
日本画との相違というものも実感されたようです。
200点のドローイングそれぞれがまるで日記の挿画のようでもあり、
上坂さんの苦悶や歓喜や停滞や沈痛の断片を見ているようでもありました。
僕は大作について多くを語る言葉は持ちあわせていませんが、
彩度を抑制した深い色合いのものが多く、
僕が勝手に想像する作家の自然観
(宇宙の塵→自然→人間→暮らし→あらゆるものの理由→
そしてそれはチリアクタから生まれてくる→宇宙)に伴う
スパイラルな文脈が見えてくるのです。
大作が放つ「体積」とドローイングから感じとる「時間」が
一対となって構成された見応えのある展示でした。

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