「 何なん展 〜 山地 咲希・村中 亜紀奈 2人展 」

Category : 現代美術シッタカぶり
2015.11.03〜11.08【 Art Space MEISEI 】

以前に別の二人展のレビューを書くにあたりお話を伺った時に
「やっぱり彼女は絵を “描き続けている” 」という、
例えば過去に同じ大学に学んだとか、
もっと前の同じ高校であったとか、
あるいは同じ画塾であったとか、
それぞれの「絵画人生」におけるミッションの継続が
互いの制作力のモチベーションに繋がるという例は
実は多いかも知れないな、などと
シッタカぶりました。
互いの差異を知ることは
認める認めないなんていう俗物が考えるちっぽけなもんでもなく、
自己存在の理由を互いが啓発しつつ、
作家としてのスタンスを確認しながら有り体に言うのなら
「描きながら生きている」ということに
当事者にしか知り得ないシンパシーを抱いているんではないか、と
再度シッタカぶる次第であります。

さて、1年前に初見でした山地さんは
実に大胆に画面一杯に縦横無尽に筆が跳んでいるという
イメージの作品を発表していました。
特に色彩の境界に特徴があって、
ご本人のパキっとした印象
(山地さんはモデルをされてもサマになってました)も相まって
僕はとてもヴィヴィッドな印象が強かったです。
いずれも彩度が高く、
やはり植物をモチーフとされるだけあって
「今生きている」という植物ならではの「物言わぬ躍動」というものを
画面から強烈に受けました。
今回はその中でサボテンを描いた作品がとても印象的で
メリハリのあるシンプルな構成と色合いが、
もうひとつの作風なのではないかと勝手に推測したりしています。
植物はそれ以上でも以下でもないという、
いわば絶対的な生存の摂理に満ちた対象ですから、
さらに魅力を引き出すというのは観察力もさることながら
山地さんのフィルターを通して
支持体にいかに置いていくかという作業が重要です。
発表の機会が多い作家さんですが持ち前のセンスを感じさせてくれます。

一方の村中さんは今回が初見です。
この方は日本画ですので山地さんとはおのずとフィールドが異なりますが、
まずは描くにあたってのコンセプトというか、
その「ひとの痛々しさ」に明快な「描き筋」を感じて、
とても興味深い作家さんです。
材をとる妙が村中さんの魅力にそのまま通じています。
一見、古風なモチーフの日本画と思いきや、
首や足が飛んでたりします。
それは自在に色彩でテーマに
さらなる肉付けがしやすい洋画と比べるととても抑制がある分、
画面は静かであるのに対して
描かれている対象が“エグイ”という面白さが効いています。
以前のステートメントで
「日常から得た情報を主観で歪曲させ、
揺らぎやすい意識がみているイメージを描く」といった内容の一文があって、
妄想の加減と筆致が丁度良い温度で、
毒気をまったりと包んでいて、
ちょっと愉快になったりします。
人のカラダを切ったり繋いだりする様は、
確かに他の動物と比べると結構日常的だったりもします。
そこに村中さんの妄想がむくむくと膨らんでくるわけです。
面白い取り合わせの2人展は、
なんというかメキシコ料理と和食が一皿に盛付けされたような奇妙さと
あっけらかんとした不思議さに満ちた展覧会でした。

※画像は山地さん→村中さんの順です。

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村中さんの作品です。

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