「 現代美術二等兵の去年やりたかったこと~駄美術展覧会 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2015.12.15~12.26
【 MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w 】

実は「現代美術とか何か」なんてことを仰々しく語れば、一応の識者としての評価は頂戴できるかも知れませんが、よくよく考えてみれば、それがナンボのもんや的な、ちょっと逆らいたくなる気分というものもあります。ありますよね、うん、あるはずです、いやきっとありますよね、いやいや絶対あるぜ! ないわけねーだろ!と、なるわけです。こんなに広いレンジを持つ現代美術というカテゴリは、例えば中学の美術教師にしたら、やたらめんどくさいかも知れませんね。では読み解くカギは何だ?ということになれば早い話、村上隆さんの例を挙げて、それこそ著作を棒読みして「こういう事例=成功者が居るんだ」と言えば、それはそれでまぁ、生徒たちにはカッコはつくかも知れない。けれどそれは村上さんの哲学であって、観客というのは作家とは対面の位置にあるから(これは別な話で言おうと思います)作品を見て共感したり、同調したり、賛成したりすることで観客足り得るわけです。作品そのものに責任を負うのはどこまでいっても作家です。買う買わないも客の勝手です。美しいものしか認めない、展示しない、とのたまったギャラリストが居まして、美術とは美しいものである、なんていうことを素面で言うんですね。美しいか、そうでないかなんて、あんたが決めることでも何でもないぜ、とその時は毒づきましたが、まぁこれはこれで実にオトナゲない…と反省しました。しかしピカソが嫌い(わからないから嫌いという感覚をもっと美術家たちは理解すべきじゃないかなぁ、なんて思いますが…)な人も居れば、ゴッホが気持悪いという人だって居るはずです。僕としてはラッセンが好きという人よりは彼らに親近感を持ちますが(笑)それも人ぞれぞれです。なぜこんな話から始まるのかというと、現代美術二等兵というユニットに美術の普遍性や最大公約数的な美的感覚を要求してくる美術教育へのアンチテーゼを強く感じるからなんです。それは歴史を作るかも知れないし、美の巨人なんていう冠が付くかもしれないが、そんなことは個人が楽しみ、推し量り、豊かになれるものがそういうものばかりではないということを言っているような気がしてならないからです。実にたわいもないものを作品化するという意味ではもはや「裏マエストロ」と呼ぶにふさわしい、活動歴四半世紀を迎えるお二人です。しかしここに、時代が持ち、放つ垢や澱のような「凝縮された機微や時代の気分」を感じる時、そのユニット名もさることながら、会場に入った途端に思わずリアルに笑う声を放ってしまう自分の「駄美術センサー」を褒めてあげたい気分になるのです。それはカートゥーンを見た時の速さに似たツボかも知れません。

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