「 横溝 美由紀 個展 ~ DWELL 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2015.11.14~12.19【 OZASAHAYASHI KYOTO 】

新年最初のレビューとなりました。さて、もう一人の横溝さんの個展。国谷さんとの二つの個展はいずれもギャラリーの2、3階で開催されていましたが、2階の作品は実に不思議な立体物でした。緩やかに畳まれた銀色に鈍く光る板状の作品の正体は、なんと経木(きょうぎ)と箔です。壁に立てかけられ、また床に膝を折るように置かれた「彫刻」は、見る者の主観にざわざわとした、ざわめきのようなものを与えつつ、そのもの自体はあっけらかんと存在しているようです。「柔らかな彫刻」と称される作品は確かに想像できますが、横溝さんのそれは作品自体の構造も含めて容姿の自由度も含めて、一般的な彫刻がもたらす「空間への占有」つまりそこに在ることで作品の体積や想像される重力が空間の密度に関係するというよりは、作品の「置かれ方」によって箔が光を柔らかく取込み、内包し、蓄光するような独特の表情を放っていました。お話しを伺っているうちに、なんだか自身の彫刻観というもののもろさや危うさを痛感しました。こう考えることは視点に或る種の限定的な規制をかけてしまうことなのかも知れませんが、正直に申しますと女性ならではの素材の捉え方だなぁと感じました。「こうあるであろう」という概念を軽々と飛び越えてしまう横溝さんのしなやかさと静かなる躍動に感服します。同時にチョーコクと呼ばれるカテゴリーの斬新な解釈は彫刻そのものが深化しながら変化しているということです。もうひとつの作品は絵具のチューブを折ったりひねったりしたもので「トルソ Torso」と命名された所以、それと二つになると「ラヴァーズ Lovers」と言うあたりのセンスにうなります。先の「内包する光」とは逆にこの“すっぴん”なマテリアルであるアルミニウムが外へ放つ硬質な光は、そのサイズ感も作用させながら見る者に実に多様な解釈を促すものです。一体=一個から二体=二個へ、さらに数が増すにつれて複合的な意味合いが生じ、そこに世相や社会観というものさえ反映させます。何かに見える、何かに見せるという比喩的表現は心地良く着地する時に何とも言えない快感を呼び覚ますものです。

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