「 スタジオハイデンバン ~ オープンスタジオ 」 熊谷 亜莉沙

Category : 現代美術シッタカぶり
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2015.12.11~12.13【 STUDIO HAIDENBAN 】

熊谷さんの作品の初見は2014年11月の「 Politics Narcissism 」(ARTZONE)でした。グループ展でしたがDMのメインビジュアルに熊谷さんの作品が使われて、誘(いざな)われるように見た絵に衝撃を受けました。ではそれは何なのか、と問われると答えに窮するんですね。なぜ窮するのか、それはこのアトリエのオープンスタジオで見たステートメントの中にあったのです。言葉にしにくいのに感覚としては強烈に共感する、そういう感じです。2014年頃から取り組んでいるVersaceシリーズは熊谷さんが独自の解釈のもとでテーマとして取り上げる「Leisure Class」(米経済学者・社会学者による「極めて高価な商品を社会的威信を顕示するために消費する人々のこと」を指す言葉で1899年の「有閑階級の理論」という著作の中で定義された)を、あのヴェルサーチによって「媒介」し、さらにオマージュとして作品の素材に使ったものです。先のステートメントにはやや生々しくも複雑な熊谷さんの生活環境と、そこから生ずる反動化した矛盾の中でのブランド信仰というもの、そしてそこから学びとった「或る種の美」の表出への理由=意志表明が書かれていました。自分の家族の組成、また家族を構築しているものを冷静に見つめ、そこに人間の普遍的サイクルを見たのです。人間の誰にでもあり得る顕示欲求が、場所と環境によって、ヴェルサーチというブランドを解釈の上で「変容」させてしまうほどに強いエネルギーを秘めていたのです。生まれ育った街の特異な風土性のもとで、ブティックを営む家業にまつわる人間たちの「特定された階級」を示す風体から見えたものは「余剰の異形化」でした。家庭に対する複雑な感情やコンプレックスからの解放はやがて美術家として生きていこうと決心した熊谷さんに結びついていきます。熊谷さんの主意というものが明確なのはご本人も書かれているように徹底的にコンテクスト(文脈)というものを突き詰めて、作品に結びつけることができるからです。つまり描き手の自由度が際限なく許される分、作者としての「論理的な作品構成力」がセットされなくては「作品は生活の糧に成り得ない」ということを痛切に感じられたのでしょう。それは結果的に作品に力が与えられることになり、鑑賞者に向かって大きなベクトルが示されるわけです。話は飛びますが、ふと思い出したのが、その筋のお兄さん方がよく乗っておられたフルスモークの「CIMA」というクルマです。設計者も日産もよもやヤクザの愛車になるとは思いもよらなかったでしょう。乗るひと、着るひとの特異性がブランドの特性を簡単に凌駕してしまうというのはやはり日本独特のものかも知れません。

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