「 町田 藻映子 個展 ~何時か何処か今の此処 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2016.02.09~02.21【 GALLERY TOMO 】

鉱物の成長、増殖、変容の速度の実際がどの程度のものかは浅学のため、わかりませんが植物などに比べると問題にならないくらいにスローだと思います。だからこそ、それらの堆積が歴史を紐解く上で重要な目盛りになるわけですね。有史以前からこの地球成分の要と言える鉱物に魅せられる人は数多く居ます。が、モチーフにすることを宿命的に己に課した、といった感のある作家、町田さんはやはりこの素材を選んだことの難しさや、それでも尚、執着し続けることの“意義”をこうして支持体に確(しか)と提示してみせます。事物としての魅力と「対象」としての魅力はおのずと違います。僕などはまず、その勇断に敬服さえ覚えます。「存在すること」への限りなき憧憬、そして有機体、生命体としての、寡黙にして愚直なほどの自然の神秘にこれほど憑かれた絵描きさんも珍しいと思います。まるで五百羅漢のような鍾乳石の表情、石灰岩が浸食=溶食されたその様子は結果、「人為」の届かぬ空間というのか、到底人智が関わることを決して許さない遠くて深い時間を経てきたことへの畏敬の念すら抱く対象です。町田さんの中での試行錯誤は、この特殊な対象に全身全霊で向かっていく「描こうとするエネルギー」に満ち満ちています。しばらく絵の前に佇んでいると、これは「絵」ではなくて「鉱物」そのものに思えてくるほど、まるで鍾乳石のポートレートのように見えてくるのです。さて、そんな町田さんは絵画制作のテーマに自身の肉体を「重ね、撚り合わせ、その核心に近づこうと(これはあくまで僕の想像です)」コンテンポラリーダンスと舞踏を学んでいます。時として「絵」と「踊り」が作者の中で異相でありながらも共通したベクトルの温度を感じながら、双方へ或る種の波及効果をもたらすものとして実践している作家さんを何人か存じ上げていますが、これも考えてみれば至極当然であり、作家としての身体と観念との融和を図る手段なのかも、と思ったりします。描くひとが息づく生物であることのとてもシンプルな証左かも知れません。

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