「 がらんどう IV ~ 佐々木 昌夫 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2016.03.01~03.12【 galerie 16 】

作家さんに名刺を渡してしまいました…「ああ、前にブログに載せてもらいましたよ。今でも検索すると出て来ますよ」と笑顔で返されてしまい、恐縮の極み。大変失礼をしました。最近ちょこちょことやらかしてしまいます。だいぶポンコツになってきました。さて、5年前にここで強烈なインスタレーションを目撃したんでしたっけ…あの時、佐々木さんの作品を見て「こういうことができるんだ、いや、こういうことをあえてしようとする人が居るんだ」と遅ればせながら(本当に)「表現する」ということへの果敢なスタンスというものを勉強させていただきました。その「意味の沼」と題された展示では、まだ搬入が済んでいない状態での立入りを許されて、何人かが思い詰めたような表情で、現場の空気は中々、ちょっと重たかったのです。なんせ床一面に灰が堆積してるんですから……その突き詰めた様で、突き放した様で、淡々と、粛々とした作風は、一見内省的で、決して愛想も可愛気もありません。しかし作品の詳細を眺め、しばし遠巻きに見て、また近づいて、そんなことを繰り返すうちに、語り出すんですね、この「在るモノ」が。730×2100×600(H)mmの2本の丸太をくり抜いて、10センチほどの周囲を残し、内側に1センチ強のスクエアな印刷物がびっしりと貼り込められています。よく見ると、一字だけでも前後がわかる言葉を見つけることができたりします。作家さん本人がチェーンソーやドリルを使ってくり抜いたものです。それだけでも手間な上にこのびっしりとした情報の断片が内部をコーティングすることによって、風が通るくり抜かれた空虚な丸太に「蔓延(はびこ)り、執着し、復讐し、知らしめる様々な負の事象」は何を語るのか。突き詰めて言えば僕たちの住んでいる世界なんて、こんなものかも知れない、という啓示のようにも警告のようにも思えます。惑わされ、翻弄され、流され、そして取り込められる…実にたわいのない現状。検証する間もなく次々に押し寄せるデータやゴシップやスキャンダルや不正、あるいはもっと深刻な命の危うさ。軸をどこにも置けない社会、踏ん張ることに疑問が生じる社会、処世と錬金とかいくぐることを良しとさせる社会、すべてを要領として了解させてしまう社会…もっともっと生きづらくなる未来…あるべきものが無い丸太はそれでも身を晒して、何もないはらわたを見せています。

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