「 福村 真美 展 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2016.03.01~03.13【 gallery morning 】

以前のブログを読んでみると、しきりに「淡白な」という表現で福村さんの作品について述べ、同時に端的すぎて捉え方が単調だったという反省もしています。でも2014年の個展から、時を経て、福村作品に再会すると、その思いはやはり当たっていたのかなとも思いました。見るひと、描くひと、またそれを見るひとの間に流れるものは、風景そのものの美しさや感慨といったものよりも、風景に自分の心性を反映させ、ひとつのシーンを作り出し反応している空気。それは思い込みが強すぎるともたれた感じになって、見る側に押し付けがましさを残すことになりますが、福村さんの作品は2012年の初見以来「見るひと=作家」の趣意というものに大きな変化が無く、多弁詭弁にならない「淡白さ」を以て、実に平常心を保たれた状態で、対象を見ているなぁと感心したりします。初見の作品で「そこにある風景よりも映り込むものに光を当てる」などと知ったようなことを書いてますが、これも僕自身、変わりません。今回特徴的なモチーフに、ご自身が水面を覗き込んでいるといったシチュエーションを繰り返し登場させています。「美しい場所を探しに行った」のに絵にするのは景勝地ではなく、途中に立ち寄った場所や何の変哲もない木だったりするのは、福村さんが風景の「特定性」や「限定感」よりも普遍性を暗に求めているということで、通り過ぎる光景を巻き戻したり、ストップモーションをかけたりしているんではなかろうか、とシッタカぶってみます。覗き込む自身を風景の中に置いている、というよりもステートメントの最後の一行にあるように「風景と私が一緒にいる風景」を描いています。道で天を仰げば、何かあるのかな、といぶかしながらも通りすがりの人も上を見る。これは見る側も思わず前のめりになって、画面の奥に視線を走らせながら、「何かありますか、何が見えるのですか」と尋ねたくなるポーズです。明らかに「自身と風景=背景=借景」の関係性をほのめかすものです。と同時に福村さんの「小さきものへの愛おしさ」もやんわりと感じられます。今回の作品に使われているのはアルキド樹脂という画材。アクリルと油の両方の性質を併せ持つもので、検索してみると相当に優れた画材であることがわかります。福村さんの作品は印刷物になると、まったりとした表情ですが、実物はかなり大胆なストロークが見てとれます。淡さと確信がとても気持ちの良いバランスで成り立っています。何と言っても色使いが際立って素敵です。モノタイプな水彩画もまた気持ち良し。

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