「 柳瀬 安里:線を引く 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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美術工芸学科 写真コース(指導教員:竹内乃里子)
京都造形芸術大学 卒業展 / 大学院 修了展
2016.02.27~03.06【 京都造形芸術大学 】

こういった「曲解」や「誤解」を想定内に置きながらの表現行為は、確かにめんどうくさいと思います。なんというか、うっとおしいリスクをチクチクと背負わなければいけないという気がしてきます。柳瀬さんはきっと “普通に” デモに行きます。国会前で腰をかがめてチョークを引きます。そして想定範囲内で官憲がやって尋問するわけですね。つまり「普通」でない行為について、尋ねられるわけです。「何をしているのか、なぜしているのか」「私の表現です、これが」といって相手がどういった収束を考えているか、判断するかは、はなはだ疑問です。なんせ、官憲ですから。柳瀬さんはやがて手に持つチョークを捨てて、指で地面をなぞり始めます。これを傍のひとがどう見るか。自分の行為を愚直に遂行すると同時にこの反応というものが、多分作品を成立させる上で大切な要素になってくるでしょう。ステートメントに書かれた「隙間を素早くすり抜ける」というフレーズ.デモは参加している人を参加していない人がどう見るか、という客観性だけとってもかなり興味深いテーマになるとは思いますが、柳瀬さんは「人と人」「日常と政治」「賛成と反対」の複雑さ、曖昧さの「隙間」を縫うようにすりぬけて、切れ目なしに指で「痕跡の残らない」線を引いていきます。柳瀬さんからフランシス・アリスという、大きな氷の塊を押しながらひたすら歩くという作品(実践のパラドクス1~ときには何もならないことをする 1997年)を教えてもらいました。(調べてみたら「愛国者たちの物語」を見たことがありました)この作品に少なからずインスパイアされたようです。一本の線は、境界、結界、区別、差別、統計、マジョリティ、マイノリティ、また仏教の円相にも通じるもの、一周、一環というイメージもあれば、地平、無限など、様々に想起させてくれるモチーフです。つい見入ってしまった映像作品でした。お話しも大変面白かったです。ありがとうございました。

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