「 村治 瑞穂:東九条 」 「 万膳 志帆:interior 」 「 川崎 梨子:One 」

Category : 現代美術シッタカぶり
「 村治 瑞穂:東九条 」
「 万膳 志帆:interior 」
「 川崎 梨子:One 」
美術工芸学科 写真コース(指導教員:小野 規)

京都造形芸術大学 卒業展 / 大学院 修了展
2016.02.27~03.06【 京都造形芸術大学 】

人が居て,環境があって、関係ができて、写す条件が整う。この3人はいずれもそんな感じの作品です。村治さんは韓国の文化に興味を抱いていることから東九条の存在を知り、在日韓国人である人々と交流し始めます。先に写真コースで映像作品を紹介させていただいた柳瀬安里さんの「線を引く」の時も作者と「学生だからできたことかも」という話が出ました。あのパフォーマンスが中年男性だったら果たして作品として成立するに至ったであろうか、と。女子美術大生であるという見えない免罪符は微量でもどこかで働いています。であるからにはそれを利用しない手もないわけです。こういうテーマはそれを不快であると受けとめ、怪訝な反応を示すリスクも充分に考慮してのことでしょう。さて村治さんは在日の人々との関わりから、必然的にこの土地にまつわる歴史を知ることになります。京都最大の在日韓国人集住地である東九条について愉快なエピソードを聞くことは至って少ないでしょう。マイノリティであるということは同時に独自性の高さを示すことですから、被写体としての彼らの向こう側にあるものが、親しみを持つという視点や関係からしか映し出されてこないとうのも、こういったテーマの重要な部分だと思います。テーマに引っ張られがちな作品ですが写真そのものの出来映えもとても良かったです。万膳さんは11年間住んでいた自分の部屋に4×5判の大型カメラを持ち込んで白黒フィルムで撮った作品を発表されていました。ここにあるのは住んでいる、そこには棲息、安息、休息といったイメージと相反したものもあぶり出されてくるかも知れませんが、いずれにせよ、ここで「生きてきた時間」というものの痕跡を淡々と撮ることで「場所」と向き合う行為がそのままにフィードバックされてくるという検証の意味も含まれてきます。整然と片付いた部屋でないということを恰好の対象にすることはそれなりに小さくても勇気のいることでしょう。プライベートであるからこそ見えてくるものは微細で顕著であるわけです。さて、3人目の川崎さんのステートメントに面白い記述がありました。被写体はいずれもクラスメートですが、彼らが社会の中で労働する時の対価は時給によって換算され、そのまま社会的価値を表しているというものです。まぁ乱暴と言えば乱暴な言い回しですがバイトに勤しむ大学生ならではの見解でもありますね。そして4年間慣れ親しんだクラスメイトをファインダーごしに改めて見つめてみる。言葉のない対話、という表現も中々いいですね。この関係性は全く知らない人を撮ることとはおのずと温度が異なるものですから、なおさらに「時給で計られる彼らと今、無償の関係である私」が浮き彫りになってくるのかも知れません。

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