「 3人の絵 ~ 水田 寛/黒宮 菜菜/中井 敦子 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2016.03.15~03.20【 同時代ギャラリー 】

「自分なら、どう描くか」というのは実は画家さんにとっては普遍的なテーマではないかな、などと相変わらずシッタカぶります。こういうモチーフで、こういう画材で、こういう大きさで、こういう見せ方で。極端に言えばこの4つのそれぞれの作用と作家自身の思惟というものの組み合わせ、ヴァリエーションで成り立つのが「絵」ではないかな、と思いっきりシッタカぶりました。当然作家にとってはそれが必然と成り得るわけですが、その作家の必然を真っ向から否定する人もいるわけです。好きな人にだけ見てもらえればいい、という状況ではない時もあるでしょう。例えば「普通」に「理解できる」絵しか絵と認めない人から「こんなん描いてて、よー作家と言えますなぁ」と言われたら、もう作者はそれを否定する理由を探さないでしょう。「あっ、いいんです。わかるひとが見てくれれば」と返事するかも知れません。かと言って、押し並べて芸術とはそういうもんである、と言い切る確信を持つつもりもない。絵について、その場で意見なりコメントを求められることは滅多にありません(元より何も言えませんが)。変な入り方でした。何を言いたいかと申しますと、例えば水田さんのような絵を見て「おもろいなぁ、このひと」と思える方が人生を過ごす(エラいタイソーだ)上で愉しいんではないか、と思えるんです。3人のグループ展なのですが初見の女性作家お二人はがっつり他の方とお話しされていて、入り込む隙がありませんでした。で、水田さん。このひとは4つの要素(これは僕が勝手に言ってるだけです)のうち「モチーフ」と「見せ方」が突出しています。支持体が縫い合わされています。僕なんかもうこれだけで好きになります。加えて水田さん独自のアングルがあって、さらっと意表を突かれます。通勤電車を真上から見た(ら)、とか信号機をこういう風に見た(ら)とか…ご本人も予定調和な構成というもの、限定された見せ方というものに抵抗があって、しかし押さえるべきところは押さえているというような「ツボ」も心得ている。バラバラだけれど破綻していない。なんというか「複眼的絵画」とでも言うのでしょうか。見る側の時間軸や視点を「揺り動かす」作用を感じるんですね。2回目の拝見ですが、水田さん、いいです、ハイ。


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