無意識への架け橋…「キース・ヘリング ドローイング・ザ・ライン」

Category : ドキュメントDVD
キース

あれから20年。

なにも理由がなくて描く絵はサイコー。
なにも見なかったなにも読まなかったなにも知らなかった
ボクはそういうふうに描くのが好き。

このキースの言葉自身の持つイノセントな響きと、
同時に、そこから湧き出る力の正体は何なのだろう。
彼はポップアーチストなどという
大雑把なカテゴリーでは括りきれないほどに
とてつもないお土産をこの世に置いてくれた。

この30分足らずのドキュメントを観て、
改めて彼の、その偉大さを痛烈に浴びた。

地下鉄から始まる「落書き」は賞味期限がある。
警察に逮捕され、消され、また描き、消され、また描く…
このイタチごっこを支持しているのは

芸術を理解する人間でも、関係者でもマニアでもなくフツーの人々。

あの巨大なシーツで建物を覆い、何十キロも地に
壁をつくったクリストが要したものは
膨大な制作費と日数とそして“大衆”だった。
人の手を借りなければ、到底できないであろうプロジェクト。
キースはこの“大衆”を取り込むことをクリストから学ぶ。
もっと言えば大衆を味方につけ、動員してしまう力だ。
圧倒的な数であるフツーの人が面白いと感じる物…彼の出現前には
そんなものは鼻からアートになりえるはずもなかった。

現代アートとは小難しく、気まぐれでシニカルな表情をもった
高慢ちきな変幻自在のカメレオン。
難解さをもて遊ぶ感性があるんだよ、と言わんばかりに!

でも、キースは軽々と乗り越えてしまう。
それも下書きもなく、あっと言う間に。

評論家をくぐり抜けることにこそ、意味があるのだ。

キースはNYのスクール・オブ・ヴィジュアルアーツで記号論を学んでいる。
彼はモチーフの中に潜む「言語性」に気付く。
「絵そのものも、ひとつの言語体系なんだ」
形×記号の組み合わせ×特化したメッセージ=キース・ヘリング。
やがて、それは先端からどんどん時間をさかのぼり、“原初”になっていく。
つまり100万年前の人間がキースの描いたものを見ても“分かる”ということだ。これはスゴいこと。もうワープしているんだよ。
だから彼は永遠に生きる。もう死なない。

「無意識の架け橋」
これ以上の言葉は見つからないくらい的確な表現。
(こう評したのは誰だったっけ…もう忘れた)

冒頭の地下鉄のグラフティを見て、愕然とするのは
30年も前からモチーフも手法も何も進化していないということ。
街の端っこで見る彼らのスプレー画と
画像に見る昔のNYのを見比べてみるとよくわかる。
だからキースの出現は、半端な出来事ではなく、
よく言われる陳腐な表現の「百年に一度出るか出ないか」の
「天才」なのだ。しかも何も考えていない。

下書きがないことに著名な画廊のオーナーは舌を巻く。
こんな人間は見たことがない!

彼は人種を越え、年齢を越え、性差を越え、言葉を越え、
地球さえ、越えられる人だった。
仮に宇宙人と会って、きちんとコンタクトがとれるのは
彼ぐらいしか居ないだろう。

彼を寛容と謙遜の人と称したのは、アンディ・ウォーホールである。
あっちの世界でもコラボってるかも知れないな…
分け隔てのないフラットでニュートラルな人。
生きていれば今年50歳。

ウッディ・アレンそっくりになってかも…。


スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

58カ国語に翻訳
English
お越しいただきありがとうございます

den

………………………………………
アート・ドキュメント・ブック・
ミュージック・演劇・ダンス・
朗読・時事・ひがみ・そねみ・
やっかみ・おせっかい…
などなどシッタカぶって書きちらかしては
自己嫌悪な日々をゆらゆらと
過ごしております。
「シッタカブリアンの午睡」
「デラシネ光合成」をこのたび一本化。
言いたがり、やりたがり、ノリたがりな
のんのんとしたブログにお越しいただき
ありがとうございます。
………………………………………

ここから、また…
最近の書き散らかし…
こんなこと書いてます
こちらへもどうぞ!