「 舘 正明 展 ~ s i g n 」

Category : 現代美術シッタカぶり
P4100002.jpg

2016.03.29~04.10【 ギャラリー恵風 2F 】

ギャラリーサイトの画像から、とにかく実物を見たい一心で。結論から申せば蝋染めなんですが、浅学ゆえにイメージするのは「こう蝋を置けば、こうなる=そこは染まらない」という染めを成就する上での決まり事が実に明解で、作者の意志・意匠を「忠実に反映」したものが圧倒的に多いということです。この作品を単なる蝋染めと見るには、表面から漂う決して多弁ではない静かな面差しを捉えればおのずと分かる独特の作風から、ただものではない気配。人の手によって染められた「受動」な工程をあまり感じないんですね、これらの作品に。わかりやすく例えれば鉱物などの自然物の様相を呈しています。近づいてみてもその印象は変わりません。妙な立体感があります。ここに「意図=作意」というものが工程の或る時点でグラデーションのように消失していく様子が、舘さんの説明で明らかになります。画面に表れたものは或る種の「反応」と呼んでもいいと思います。蝋の持つ防染性と染料が染み込もうとする浸透性とのせめぎ合い。つまり舘さんが作品づくりに用意するものは、せめぎ合いを作るフィールドです。ギリギリの線、拮抗するラインです。それによって結果的に人の手が入らない領域でのディテールが生まれるわけです。ステートメントの「私のエモーションは介在しないほうが良いと考えています。私はプロセスの結果が作品となることを望んでいます」というセンテンスに全てが語られています。壁に2点の大作はよく見ると2枚構成になっています。しかし画面を横切るラインが、継ぎ合わせ目にしか見えないんですね。最初の画像を見ていただければわかります。これは見事なフェイクでした。やられました。さて、その昔、京都に来たばかりの頃、20歳そこそこでしたか、二条城のすぐそばの染織工房(工場の片隅で住み込んでいました)で毎日、弓状の伸子(しんし)を張った生地に蝋を置いていた懐かしい匂いがよみがえってきました。親方によく怒鳴られながら。余談申し訳ありません。

P4100003.jpg

P4100004.jpg

P4100005.jpg

P4100006.jpg

P4100007.jpg

P4100008.jpg

P4100009.jpg

T1_2016042409432190f.jpg

T2_201604240943239d9.jpg

T3_201604240943465ba.jpg

T4_201604240943479f9.jpg











スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

58カ国語に翻訳
English
お越しいただきありがとうございます

den

………………………………………
アート・ドキュメント・ブック・
ミュージック・演劇・ダンス・
朗読・時事・ひがみ・そねみ・
やっかみ・おせっかい…
などなどシッタカぶって書きちらかしては
自己嫌悪な日々をゆらゆらと
過ごしております。
「シッタカブリアンの午睡」
「デラシネ光合成」をこのたび一本化。
言いたがり、やりたがり、ノリたがりな
のんのんとしたブログにお越しいただき
ありがとうございます。
………………………………………

ここから、また…
最近の書き散らかし…
こんなこと書いてます
こちらへもどうぞ!