「 アプローチ2 ~ 迎 英里子 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2016.03.26~04.10【 gallery PARC 】

事の理屈、成り立ちを知識として理解しているか、否かはともかく、それらは書物や写真によって目から脳内へ、そこから「知の受動」への思考作業が始まります。何かどうやってできるのか。例えば子どもたちに、ここであげるような「石油」を題材とした構図の説明をするために必要な素材とは何でしょう。ホワイトボード? 模型? プロジェクター? イラスト? キャラクター? 結局のところ難しいことを噛み砕いて理解させるということはより多くの語彙と時間を要するということに他なりません。元々が専門的な話ですから。つまり世の中の殆どの人は「分かったつもり」で済ませているということではないでしょうか。「担保される知識」の重要さを知る時とは、飲み会でのウンチクから、危機的状況の回避に一役かった場合までさまざまなレベルが想定されます。さて、迎(むかい)さんは身の回りの自然・社会の事柄=仕組みを「独自のシステム」に置換します。しかし面白いのは「理解してもらう」ための装置ではない、とうことです。ロジックの塊である「解説」について、極端にショートカットしながらも、汎用性の高い素材や既製品を使いながら、そしてここがポイントなのですが自身の身体を介入させながら「現場の臨場」とも言うべきものを構築していきます。理屈で理解すること、ではなく、迎さんの行為そのものへの意味性を観客が想像しながら「成り立ち」への身体的実感を得るといった作品です。うーん、自分でもうまくまとまらない説明になってしまった感がありますが、会期中のパフォーマンスは見ることができなかったのですが奥にて記録映像が展示されていましたから、とても興味深く拝見しました。先に述べた「子ども」うんぬんの部分ですが、これは逆に子どもがそのパフォーマンスを見た場合に、そこにどのような「取込みの反応」とも言うべきものが見られるのか、ここも興味深いところです。もちろんピタゴラスイッチのようにはいかないかも知れないけれど、彼らにこれが「説明ではなく、行為による実感なのだよ」と言ったところでこれもまた難しい「説明」でしかないのかも。こういう展示は中々見られるものでもなく、やはり「美術とは何か」といった命題についての、示唆するところの一端ではあるのです。

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