vol.782「 柏原 えつとむ 展 ~ たましひが耳をすます 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2016.04.12~04.23【 gallery morning 】

この方の名前の字面を目にした途端に、なぜか、大いなる憧憬がむくむくとしてくるんですね。「えつとむ」という名前を図形のようにアイコンの如く覚えているのかも知れません。やっと見ることができた、というのが正直なとこで、それもそのはず個展は9年ぶりということです。失礼ながら1941年生まれの柏原さんは御歳75! 作品を見て年齢と摺り合わせることが困難なほどに自由な作風とご自身が言うように「無我の境地=物語を伝えるために絵にするのではなく、絵が自分の物語を描かせる」というスタンスが会場に満ちています。鮮烈なブルー、墨と鉛筆の曲線がもたらす豊穣なイメージ、明解でありながらも深いところで交感する知的センス、詩的であるのに情感に流されない佇まい。どれも長いキャリアと(その長さに準じたものなのか、だからこそ相反するように、なのか)柏原さんの「いまだに自己が何ものかわからない」から、じっと耳をすましてみようじゃないかと問う、至って正直な作家の心性がそれぞれの作品に反映されています。入り口のごく小さなブルーな一枚の支持体と奥の作品とがひとつの作品である「887cm振り返れ」などの遊び心あふれるお茶目な一面。これだけの作家でありながら、なおも作品そのものが新鮮な「創造の力」に満ちているのは、お会いしたことなどない僕でも感じる「冷静な見立て」「時代を見つめる目」そしてステートメントにもあるように「作り手と見取り手とがそれぞれ自由に感受できる物語への挑戦」です。自己主張と喧噪ばかりの世の中で、人々は一体何を見て、どこへ向かおうとしているのか。萩原朔太郎の詩集「月に吠える」の一節が個展のタイトルとなり、ずっと「鞄の底にあったお守り」のように柏原さんの心に留まっていたのは、正にそのフレーズの普遍性にあるのではないか、などと巡らすのです。(1960年、10代の柏原さんが詠んだ詩と作品が掛かっていました。そのシュールレアリスムに多大な影響を受けた画風をとても興味深く拝見しました)

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