アトリエ劇研スプリングフェスvol.2 烏丸ストロークロック × 庭ヶ月 共同制作「凪の砦」3 「還る浜は凪がず」

Category : パフォーマンス見聞
2016.04.22〜04.24【 アトリエ劇研 】

作・演出:柳沼 昭徳、音楽・演奏:山崎 昭典、出演:阪本 麻紀・西村 貴治 ゲスト出演:澤 雅展
柳沼さんを社会派とみるのは簡単だが肝心なのは「失わざる者」と「持たざる者」の双方が抱えるトラウマや、あるいは他者によるカタルシスといった虚無的な満足感の「亡骸」を省み、手を合わせているような気分にさせる人だなと思うことが時々あります。それは言うまでもなく社会的弱者というマイノリティだと思われている人たちが、実は自分の中に厳然とあるのではないか、という不思議な危惧を演劇空間にゆっくりと放つ、そんな人。前回の1と2はいわゆる「現場」の紹介と、ちょこっとだけ、そこで働く人間たちの様相をかいつまんだ内容でした。今回はなぜ、その「現場」ができたのかということに至る「理由」が明かされていきます。そこには「教団」と呼ばれる組織の顛末や二人の男女(ほぼ二人芝居です)の間に横たわる微妙な愛、つまり教条についての否定的見解=教団の実態への批判・総括と、相方である奥さんの「内なる光」への盲信と追従的なスタンスとのせめぎ合いを見事な台詞回しによって観客の前に提示してみせる二人の俳優の力量がこれでもかというほどに感じられます。「現場」とは山中のホスピス。そこで働く人達もまた犯罪者やそれによって世間からはじかれた人などの社会的弱者です。冒頭ではホスピス維持のために奔走し何とか急場をしのごうとしている夫婦のやりとり、やがて彼らが逃れられない教団という呪縛、そして東日本の震災で生きながらえた老人への対応と、宗教・犯罪・高齢化・災厄という様々な切り口を持った各章(4、5、総集編)の上演が今後予定されています。至ってシンプルな舞台美術ですが、何げなく置かれた一脚のパイプ椅子が、かような動きによって、全く違うものに変容していくプロセスは一番前の桟敷で見ていた僕に鳥肌を立たせました。何と演劇とは自由なものか。改めて阪本麻紀さん、西村貴治さんの力演に拍手。素晴らしいお芝居でした。










スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

58カ国語に翻訳
English
お越しいただきありがとうございます

den

………………………………………
アート・ドキュメント・ブック・
ミュージック・演劇・ダンス・
朗読・時事・ひがみ・そねみ・
やっかみ・おせっかい…
などなどシッタカぶって書きちらかしては
自己嫌悪な日々をゆらゆらと
過ごしております。
「シッタカブリアンの午睡」
「デラシネ光合成」をこのたび一本化。
言いたがり、やりたがり、ノリたがりな
のんのんとしたブログにお越しいただき
ありがとうございます。
………………………………………

ここから、また…
最近の書き散らかし…
こんなこと書いてます
こちらへもどうぞ!