「 名前を奪われた風景 ~ 宮岡 俊夫 EXHIBITION 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2016.05.10~05.15【 KUNST ARZT 】

人は、というよりも画家は風景をどう描くのか、という「お題」には
「絵」というものを読み解く根源的な何か、が潜んではいまいか、などと考えます.
特に僕の様な浅学な者には、です。
目に見えているもの、まぁ風景に限らずですが、
ここはひとつよく見かけるイーゼルを立てて風景をスケッチしているひと
(そんな人は滅多と居ない?…確かに…)の目に風景がどう映っているのか、ということ。
つまりあの人はヘタ、この人は巧い、というのは
表層的な部分で直感的に判断している人が殆どで、
よく描けている、なんていう評価の基準は大凡がそんなものですから。
見えてる風景は誰でも一緒です。
そう言うと「それはね、捉え方なんだよ、チミ!」という人がほとんどでしょう。
よく言う「臨場感」です。あまたある「風景画」はこうして作家の心性や
「その時だけの」空気を画面に込めるわけです
(込めようと全精力を注ぐのです)
さて、宮岡さんの絵に不思議な、
ゾワッとする違和感を感じる人は、
僕から見れば “達者” な方だと思います。
宮岡さんは作品に登場する場所を見ても行ってもいません。
これはネットや雑誌からチョイスした、
観客から見て「匿名性」の高い景色です。
或るキーワードで画像検索をかけると実に多くの関連するものがアップされます。
これは「言葉→自動的選択」という、
それぞれの文脈に合致したイメージが全くランダムに、
意志や意向たるものが一切反映されない条件で提示されます。
宮岡さんはこういった文脈から切り離され、
まるでそこにポツンと所在なく佇んでいるような風景を “さかさま” に、
つまり風景を風景として認識しない座標の中で描くわけで、
そこにあるのは見えている色彩と視認できる形です。
こうして風景から「名前」が剥奪されていき、
これは「名前」で検索して出て来る画像の再構築とも解釈できます。
全ての作品の支持体の裏側に貼られた逆さまの風景は
「モチーフ」というよりは「マテリアル」に近い感じがします。
カンヴァスには「余白」がしっかりとペイントされています。
実はここに宮岡さんの作品が語ろうとする要があるのです。
いわば勝手にトリミングされた元絵=画像に余白を加えることで、
さらに文脈から遠ざかるのです。
そう、クールな、風景画、です。2
013年のトーキョーワンダーウォール公募に見事入選を果たしています。
さぁて、楽しみな作家さんにまた出会えましたぞ。

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