「 暗闇の手探り ~ 近藤 千晶 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2016.05.20~06.02【 MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w 】

なぜか旧作の3点が前面の部屋に展示されています。
ところがこれが実に会場の体積とバランスがとれています。
実は掛ける予定の作品があったそうなのですが
作者の意向で取り止めたそうです。というか、
近藤さんが何のてらいもなく、そうおっしゃいました。
「なんとなく、違う感じがして…」

その3点は残念ながら拙い撮影技術では再現できていませんが
(最後の3点の画像)新作も含めてドットは全て手描きです。
この手描きドットが近藤作品のキモと言えます。
これらの作品を繋ぐ伏線、そして手法は基本的に一貫しています。
ですから変な言い方ですが、
観客は惑わされることなく明快な制作意図を汲み取ることができます。
では、このドットは何なのか? 
旧作はタイトル中に「公園」とあるように、
僕には俯瞰されたランドスケープのようにも見えます。
公園を散歩している自分の位置、
まるでGPSのようですが移動する点の痕跡を
一定のグリッドに当てはめて描写したもののように捉えました。
そこには移動=時間という極めて濃密な関係性が伺えます。

奥の新作は「風景のスクリーン」シリーズですが、
これも目に映り、よぎった風景を一定のルールに当てはめて
ミニマルに表現したもので、
通り過ぎる風景を造形的な視覚反応ではなく、
光と色彩の粒子としてフォーカスしています。
残像のように同じパターンが移動しています。
近藤さんの言う「レイヤーのように薄い膜が何層も重なり、
それらが揺らめいている様子」ですね。
手描きのドットも決して“ベタで塗り込める”ことをしません。
その一点の中に色彩の明暗、コントラストを反映させています。
162cmのスクエアの大作「光の穴」(最初の画像)は
ドットそれぞれの細やかな表情が互いに微動し合い、
大きな穴を強烈な光のベクトルで“埋めて”います。
このような作品は「抽象であること=感情の記号化」という
キーワードにつかまりやすいのですが、
近藤さんの特徴はそこに密室的・内省的な志向ではない
「とらわれることのない視覚の解放」を表出させているのではないか、などと
シッタカぶります。

現在は倉敷芸術科学大学の教員をなさっておられるということです。
とても人なつっこい印象の(失礼)素敵な作家さんでした。
ありがとうございました。

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