「 米田 祐二 展 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2016.06.10~07.10【 art space co-jin 】

では、唐突に、なぜ写真を撮るのか? 
対象への強い欲求? 偏愛? それとも記録? 
写真はドキュメント? そう、写真は何ともならない、ただ撮るのみ、
いやいや写真はありえない世界を可視化する手段でもある、
そんなバカな、写真は写真以上でも以下でもない。
いやまて、デジタルの話から始めると軌道を外すことになるぞ、
なんだって、そんな制約も縛りも写真を撮るという行為にはふさわしくない。
写真はもっと自由だ、何が自由なもんか、
現像しなけりゃ出て来ないもんなんか自由でもなんでもない、
さて、どこから話を始めたらいいんだろう。

米田くんという今年25歳になる青年は、写
真とは何か、なんて探らないし、語りません、というか、
実は語ることが苦手というか、難しいのです。

僕自身はアール・ブリュットに関してスペシャルな感情を抱くことはなるべく避けています。
独自性というものはどんな人であれ、少なからずあるものと認識すると、
例えば障碍がある(彼の場合は自閉症)ということで、
何かに特別に長けているというような、あるいは「天才観」といった
先入観は逆に作品の本質を歪めてしまうのではないか、と思うからです。
作品から逆算していくとどこかで “落とし所” を探してしまうからです。
米田さんは「米田君」と呼ばれていたころから携帯のカメラで撮り始め、
高校生になってからプロカメラマンに出会い、個展を開催し、
高い評価を得て、受賞歴も中々のものです。
しかしその「ために」写真を撮り続けているわけではなく、
彼にとっては写真とは外界と繋がるための「言葉と検証」なのです。
あるいは何であるかの不思議さを訴えるためのツール、とでも言いましょうか。

朝のパンから始まって、様々に眼に飛び込んでくるものを片っ端から撮影していきます。
日記なんですね。
そこに問いや感動や疑問、彼の感じた全てが反映されています。
小学校(養護学校小学部)の担任の何げない言葉に眼が止まりました。
「全ての被写体に話しかけながら、一度だけシャッターを押します。
連写なんてしません。だから動物たちも心をゆるすのでしょう」

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ドキュメント映画
「ぼくは写真で世界とつながる 〜 米田祐二22歳」予告編 ↓
https://www.youtube.com/watch?v=V7KHymCX64k
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