みなぎる再生への渇望…「清水直子個展 生命の樹・シゲルモノ」

Category : 現代美術シッタカぶり
清水1

清水2

7月14日→25日 【ギャラリー16】

2001年より「生命の樹」をテーマとした
シリーズの制作を続ける清水氏の作品は
一面識もない私が言うのも失礼だし、
また決して性差うんぬんを語ろうと言うのでもないが、
実に男性的な作風だ。
対象と真正面にから向き合って、
一気に仕上げたような躍動感に満ちている。
会場にほのかに漂う木の香りは、またどこか懐かしい。

廃材だけが持ち得る“再生への渇望”とでも言うのだろうか、
木肌の毛穴から喜びのエネルギーを放出している。

会場の中央にでんと“構える”それは、四方八方に足を踏んばり、
巨大な昆虫か新種の恐竜、
あるいは太古の昔から蘇ってきたエイリアンのようにも見える。
それは目に感じる「息吹き」だ。
根を張るようにも見える足と天に向かって突き出る角か触覚は
意志の強さと存在の大きさを充分に主張している。
ちょっと窮屈そうな表情とも見てとれる。

清水氏の制作ファイルを拝見すると、
一連の作品に共通するのは実にあっけらかんとした、
大らかな“生命への賛歌”だ。
原初的なるもの、スピリチュアルなものへの
オマージュともとれる自然との一体感。

生物としての樹木から、建築材として役割を与えられ、
役目を終えた後に、またこうして新たな造形を得る“樹”とは
作者が言うように「世界各地において存在すると信じられてきた」
生命力の象徴なのかも知れない。

エデンの園、ヨハネの黙示録、エジプト神話、インドの聖典、
ネイティブアメリカンの逸話、釈迦の菩提樹、仏教の宇宙樹、
ペルシャの神秘の樹、イスラム教の天上の樹、ジャワの願いの樹。
土地も形も違えど、樹木が放つ、その神秘的で聖なる力に
人々が尊大なもののシンボルとして、
畏敬の念をいだいてきたからに他ならない。
まさに「御神木」である。

樹が育たなければ実もならず、鳥も訪れない。
雨やどりも日陰もできない。
当然、樹が育たない土地になど人が住むはずもない。
(そんなこともないか…確かに世界は広い…)

作者はコメントの中で言う。
「今の閉塞感に満ちた時代の中にいても、強くじぶんらしく生きようとする人々に、
少しでもこの生命の樹のもつエネルギーを届けることができればと思う」と。
それはこの暗澹たる世相の中で人もまたそれぞれに
“まっとうな生き方への再生”を必要とされているのかも知れない。



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Comment

古来わが国は照葉樹林に覆われていた。
樹木とは切っても切れない文化があった。
木から作った家に住み、木から作った道具を使い 樹木に抱かれた生活を 営んできた。
樹木に対し畏敬し感謝する生活から離れたにせよ 樹木に対する想いは 私たちの記憶に留まっていると思う。
その想いが具象的になって 作品に投影されていると感じた。
実物を 見せていただきたいものである。
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