つぶらな瞳が見ているものは…「上阪伸之介版画展 木と草の名は」

Category : 現代美術シッタカぶり
鯨1

鯨2

7月28日→8月2日【ギャラリーすずき】

前の週、ギャラリーに伺った折りに、
会場でこの週の個展のDMをチラッと目にしたのに
大島氏の話に引き込まれてしまい
うっかり手に取るのを忘れて帰ってしまった。

勝手に作品のスケールを作り上げてしまっていたので
実物を目にして、縦2m×幅5mのその大きさに驚く。
これほどの木版画の版木は?と質問してみたところ
ご自分の部屋で分割して刷ったとこのこと。

2点ある大物はどちらも鯨が描かれている。
よく見ると前ヒレは鳥の羽であり、
鯨についたフジツボは空に浮かぶ雲となる。
蛙をくわえた蛇をくわえた鳥…
シマウマの死体をむさぼるハイエナ。
それを遠くから取り巻きながら観ている鳥たち。
鯨の先っちょには誰も居ないビーチパラソル。
バラボラアンテナも見える。
エアポートやビル群…。
それは自然界の“在るべき摂理”と人工造形物の共生という形で表される。
が、そこには“対峙”や“警鐘”といった印象は感じられない。
現実のあるがままの姿を描くことで
見る人の想像をかきたてるようなものにしたい、と
作家はおっしゃっていた。
鯨は地球上のほ乳類で最大の動物である。
だから必然的とも言えるこの大きさが
単に“大きい木版画”で完結してしまうことに、作家は危惧する。
極端に言えば、それは「見ていない」ことと同じだからだ。
上阪氏が言う「人」に対しても「事象」に対しても
表層をさらりと撫ぜて「理解した気になる事が多い事実」というのもある。
今回が初個展となる彼の言わんとしていることは
もしかしたら全てのアーティストが抱く正直な願望なのかも知れない。
「納得」と「理解」の差。
そう、ゆっくり観ることは、時として、
ささやかな発見の機会を与えてくれるという楽しさを
もたらしてくれる。

全体のイメージ作りに時間がかかる。
イメージが確定したら、一気に彫り上げる。
だから、カンバスに描くのとは違い
作家は自分の作品に対しての“ある距離感”を持つ。
ある程度の完成の“予測・想定”のイメージを具現化するための
「彫り」と「刷り」はいわゆる“作業”だからである。
後から足したり、引いたりは全体のイメージを壊してしまう恐れがある。
およそ作品の風情とは不似合いな
“決意や気合い”といった話も伺えて興味深かった。

個展タイトルの「木と草の名は」は逆さに読めば「花のさく時」。
何より上方落語が大好きという言う上阪氏の
くすりとくすぐる“遊びごころ”である。


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