救うために撮る…「未来を写した子供たち」

Category : ドキュメントDVD
子ども

監督:ザナ・ブリスキ

この邦題の原題は「Born in Brothels」。
映画的には興行成績が見込めそうもないテーマと踏んでか
配給元も二の足を踏んだドキュメンタリー。

ところで売春がカーストで上に位置する階層とは驚いた。
生活は裕福(?)だが、いずれ子供は身を売る宿命を背負わされる。
「好きで生まれたわけじゃない」という
反抗期の常套句もここでは全く通用しない。
子供が選べないのは親と環境。
では、ここでは“親の責任”とはいかばかりのものなんだろう。
子供は自分の“食い扶持”を稼ぐために働かされる。
子供は金を生む「卵」であり、
家事をする「道具」にすぎない。

鏡に向かって丹念に化粧する母親。
客をとるために路地に立つ母親。
子供をクソガキと罵倒する母親。
そんな母親を見て、ああはなりたくないという子もいれば
やっぱり親だから、と健気に従順な子もいる。

そして、家の働き手として、我が子に平然と客をとらせる母親…。

では、父親はどこに居る?
彼らはここには登場しない。
世に言う「父親」など、まるで最初から存在しなかったかのように。

少年の一人、アヴィジットの父親は彼が2歳の時に母と結婚。
その後、重度のハシシ中毒になってしまい、抜け殻に。
母親は田舎に逃げた。家は売春窟に行く前に飲ませる酒を密売している。
少女のプージャなどは父親が娘を売ろうとし、
姉が助け出して今に至るという悲惨なプロセスを経験している。
彼女の小さい弟は裸のまま、足には鎖がつながれて
うろちょろできないようにしてある。

これもインド。

コルカタ(以前のカルカッタ)で
売春窟の女性たちを撮るアメリカ人の女性カメラマン、ザナ・ブリスキは思う。
教育も道徳も努力も才能も、別世界の劣悪な環境下で生きる彼らに
果たして「素敵な未来」を夢見ることは許されるのか。
可能であれば、続きはどう作っていけばよいのか。
ソーシャルワーカーでも教師でもない彼女に一体何ができるか。

「変える力」は状況を打破するために、よく引用されるフレーズだが
その効果を実際のものとするまでには長い道のりが待っている。
しかし、ここではそう悠長なことも言ってられない。
それでなくてもインド時間は尺度も単位も違う。
早くなんとかしなければ、彼らの行く先には
売春、麻薬、犯罪の“入場券売り場”が大きな口を開けて待っているからだ。
カメラはここでは「アーティスティックなツール」と共に
彼らに教育を与える強力な武器になった。
世界のメディアを通じて、彼らの存在と彼らが撮った
素晴らしい写真を知らしめることだ。
展覧会をして、売る。それを財源とする。
ザナの強い意志と精力的な活動は次々と子供たちを
10年間の寮制学校へと入学させることになる。
まず突破口が開いたのだ。

彼らにとって、自分が生きている今の環境を、認め“過ぎる”と
そこから先へ行くためにドアノブを回すには
とんでもない勇気がいる。何より経済的な問題がある。
多くの子供たちにそんな状況を作ってきた売春窟の母親たちよ、
あなたが生んだ子供たちにせめて
夢見る夜と学べる昼を与えてやって欲しい、
“終わりの始まり”のために。


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