最低のコメントで陳謝…「元持朋子展 被ろう、被れば、被るとき」

Category : 現代美術シッタカぶり
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9月29日→10月10日【石田大成社ホール】

元持さんのプロフィールは会場入り口パネルには詳しく紹介されていたが
ネットで改めて見てみようと思ってもヒットしない。

「英国UCCAでファインアートを学び 新卒業生で受賞された
新鋭美術作家の元持朋子さんによる 帰国後初の個展です。
自らの頭髪を植え付けたシャツや子豚の彫刻作品など30数点の展示です。
見るだけでなく感触も楽しんで下さい。
お子様連れのご来廊も大歓迎です。」

これは滋賀県での2008年の個展のコメントである。

なんとなく「髪」というキーワードに引っかかり
(高橋涼子氏の作品に魅せられて以来だが)いそいそと会場へ。
この会場は広いだけで、作品を際立たせる空気感が希薄だ。
ギャラリーではなく、ホール。
どうにも空虚な感じは否めない。

暗い部屋に猫の着ぐるみがある。どうやら横に置かれているようだ。
ん? 部屋を間違えたかな…確かここしか無いはずだが。
一回、廊下へ出てもう一度戻ってみると
猫の着ぐるみがいきなり起き出したではないか。

なるほどこれが今回のテーマですか。
ファイルをめくってみると
ヒッチハイクをしている「彼女猫」(勝手にそう呼ぶ)や
夜の街を徘徊する「彼女猫」が登場する。

「退屈しませんか?」
声をかけてみる。
「ニャオーン…」
返事はいつもそれだけである。
困った。

こうゆうのは正直苦手である。
コメントに「被り物は自分を変えられるから」とあるが
それ自体は何ら、やましくも(?)おかしくもなく
当たり前の“人情”である。
問題はその後なのだ。
何をするか、何をしないか、なのだ。

2008年の個展にある「手触り」「質感」といったものへのアプローチは
少なくともここには無い。
「なででください」の看板は立っているが…
被り物は所詮被り物である。生地である。

被り物をした作家(僕には着ぐるみを作った人としか映らないのだが)の
カラダを張ったインスタレーションなのかと言えば、そうでもない。

元持さんはごろごろ日がな一日、ここでごろごろしているわけだ。
それを含めて“作品”と言うなら
もっと直感的なメッセージが欲しかった。
キャットフード入りのクッキーを食べるとか、
身長に見合った「爪とぎタワー」を制作して置くとか、
猫にまつわるアイテムを
さもアートチックにやってます的でもいいから
そこらへんまで“作り込んで”欲しかったのだ。
撫でれば、果たしてコミュニケーションをとってもらえるんだろうか…

作家さんと話をさせていただく時、
予想を突っ切って針が振り切るほどのパッションを受けとる事の方が多い。
でも、この彼女猫は「ニャオーン…」としか言わないので困る。
写真の許可も「ニャオーン…」だが勝手にOKと受け取った。

何だか変な感じだ。
もっと言うと「変な余韻」を残してここを後にしたのだが…。
こんなコメントしか書けない自分もなんだか困ったものだ。


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