みんな幸せかい…「綿引恒平展 PARADE!」

Category : 現代美術シッタカぶり
綿引1

タイル

綿引2

9月29日→10月4日【立体ギャラリー射手座】

「今ある世界の情勢、各地での紛争、なかなか理解できることではないですが、
それでも何も考えないのは嫌だという思いで制作しています。
そんな中で自分なりの「平和なかたち」を表現したいと思っています。」

陶芸を専攻した作家のメッセージは至って素直。
おごりたかぶらず…
でも、もっと破天荒でもよかったんじゃないかな。

モノクロ戦車である。
我ながら「タイルのパターンですか」などと言う愚問を発し、
「いえ、コンドームなんです」という返答に
僅かではあるが、妙なたじろぎを生じてしまった己の視点の緩さを恨む。

確かに…なんてこった。ここでコケたら後が無いわな。

でも気が優しそうな作家君は、責めるわけでもあきれもせずに
訥々と制作の思いを語る。

僕が子供の頃は、ご多分に漏れず戦争物プラモに夢中になり、
シャーマン戦車のリモコンを指が痛くなるまで操作していた記憶がある。
これは1991年の湾岸戦争で活躍(?)したアメリカ陸軍M1A1マインプラウか。
表面のタイルは実はコンドームのパッケージを模したもの。
確かにそれぞれ少し歪んでいる。
砲身にもコンドームがかぶせてある。
奥には何やらヒーロー君とヒール君、それぞれの武器にもコンドーム。

冒頭の作家のコメントは確かにマジメな素直な、
しかし、ちょっぴり物足りなくもある優等生的なもの。
ここに行き着く過程は過程として、その“効果”を
見据える“したたかさ”も時には必要である。
ただし度を越すと(見る人によってまちまちだが)
途端に“あざとく”見えるから、中々やっかいだ。

「戦争」と「コンドーム」は一体、両極に有るや、無しや…
ここが難しい。
決して下品にしたくない、その陶器の戦車は(ただし全体が陶器製ではない)
果たして見る側に何を伝え得たろうか。
弾は発射するな、発射するなら…んー、そんな例えは要らないな。

コンドームという、シンボルとしての、サインとしての機能は
エイズという深刻な事実への防御としてのアイコンだ。
それが「平和」のシンボルと解釈するのは勝手と言えば勝手。

紛争や戦争をテーマにする時、暗澹とした気分にどっぷり浸かれるほどの
タールのような粘度が欲しいか。反省モードに陥りそうなほどの…。
それともカラッと笑い飛ばせるようなドライな、
それでいて毒気をはらんだ激辛風がお望みか。
黙っているのは嫌だが、表現とは、アートとは常にハイリスクだ。
表現の自由は“吐いたつばは飲めない”辛さと共に歩いてかなくてはならない
宿命も同時に背負っている。
そこに苦悩し葛藤する人がいるから、アートは面白いのかも知れない。

コンドームの戦車。
さて、オトシマエのつけどころを見極めるのは確かに難しい。
メッセージを受け取る側に相当のミットが必要なのか。


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