芸術家としての“患者たち”の創造…「クンストヴェルクシュタットの芸術家たち」

Category : 現代美術シッタカぶり
アール

10月24日→11月22日【ギャルリー宮脇】

アール・ブリュット。
生の芸術と訳されるアート・ブリュットは
英語訳になると“途端に”アウトサイダーアートになる。
この辺のウンチクは置いといて、
要は芸術的な教育を全く受けない人たちの作品を言う。
一般的に目にするのは二次元的な作品が多いと思う。
この展覧会はサブタイトルに「スイス、ヴァルダウ精神病院より」とある。
大義でのアート・ブリュットとは違ってくるかも知れないが、
元々は絵を描くことを精神病院でのアートセラピーとして
昔から行ってきたという事実はある。
それが現在では「障害者の芸術」と一括りにされているようだ。
ウィキペディアではこの辺についての疑問も専門家から出ているとある。

確かに“邪気のない”作品として見てしまうにはあまりにも才能豊かな人たちだ。
17作家のドローイング、ペインティング、コラージュなどの
120点もの作品が展示されていて
各人様々な表現方法があって飽きることがない。

僕にはわからない“何か”を発信しているのである。
これらの作品の前では言葉が口を閉ざしてしまうのだ。
人はその色彩や形や線に打ちのめされるのだ。
彼らは精神的な病と日々闘いながら、固執する何物か、
あるいは網膜に残る何物か、または心の傷を表しているのかもしれない。
17人の作家たちのそれぞれに感心しつつ、さらに驚嘆するのは
一様に、心のスクリーンに映ったモチーフを等身大で描き綴っていることである。
うまく描こうとか、きれいに描こうとか思わずに描くことが実はどれほど大切であり、
先のある識者の批判のとおり
「いわばこちら側の視点で、
あちら側の「芸術」を評価しているという
構造自体がおかしい(原文のまま)」とは僕も思う。

ここでは「絵に対する評価」などというものが、
いかに取るに足らないものであるかということを痛感するのだ。
先の続きで書かれている
「プリミティブ・アートに対する
西欧(文明)からの評価に対する批判と同じ視点である」というのも頷ける。

ところで…
アドルフ・ヴェルフリ(1864-1930)作家、詩人、図案製作家、作曲家。
人生の30年以上も精神病院で過ごし、
ヴァルダウ精神病院でも膨大な量と高いクオリティの作品を制作したという
ヴェルフリという人のことは全く知らなかった。
この人によって陽の目を見たという。

アール・ブリュットと言えば、
このブログのドキュメンタリー映画のカテゴリーにもある
「ヘンリー・ターガー」が有名だが
ヴェルフリにしてもターガーにしても、自己の宇宙を綿密に組み立てて、
とんでもない壮大な物語を作り上げる特異さが取りざたされる。
構想の時点で、もう“常人”の想像の域を超えているのである。

ここの作家たちも、見事な“マイワールド”を構築して
自由に絵筆を遊ばせているように見えるが
実は人には決して見せない心のヒダと闇を筆先に込めているかも知れない。
普段の彼らはどんな様子なのか…ここでは殆ど意味をなさないようだ。
何よりも絵そのものに表れる“パッション”が全てだから。

マルク・ニデッガーの色彩の祝祭! なんというセンス!
マヌエル・ヴェイの濃密でユーモアと恐怖が混在したような、
それでいてポップな人物たち。
ガーバー・ディオスの不思議なアイコンの集合。
フィリップ・ザクサーの動き出しそうな濃淡のタッチ…

人が秘めている大いなる謎と驚きがここにある。

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