“線”慄する…「笹倉洋平展 ツタフ」

Category : 現代美術シッタカぶり
笹倉1

↑私のデジカメではこれが精一杯

笹倉2

笹倉3

↑線の重みが黒光りする

10月27日→11月8日【neutron kyoto gallery】

やはり、というか当然というか
「蔦」の語源は「伝う」からである。
ビルに這うように生きている蔦のイメージは
チャペルの外壁や洋館の塀などに見受けられるような
多少なりともロマンチックな印象から
廃屋にじっと息を潜めて、まるで侵蝕するように
うごめきながら、確実に生命体の証しを
アピールしているような不気味さも伺える。

およそ華やかさとも色めきとも無縁なこの
植物にインスパイアされた笹倉氏の「線」は
疎と密の間で揺れている。
一本の線が増殖し、乱舞し、交差する。
やがて“引き重ねた”無数の線は
やわらかな壁とも言えるトレーシングペーパーの上で
鉛の喘ぎを放ち、目に見えぬ重力を訴える。
それは光を鈍く跳ね返し、匂い立つ。
細胞分裂のリピート。
エンドレスな繁殖。
細い芯から“紡ぎ出される”線は
まるで蚕が吐く糸のようでもある。

作家の本職はカメラマンである。
通常スタジオに“幽閉”され、対象物と向き合いながらの
傍から見ても気の遠くなるような作業の反動か
休日にはアクティブになる人も多いが、
作家は建築写真を専門にしているだけに
撮影はほとんどが屋外である。
対象物が異なると当然のようにスタンスも変わる。

この重層する線をマニュアルで“描く”行為は
なるほどストイックで、素人目には辛いであろうと察する。
が、作家に尋ねると、あっさりとそうでもないという
返事が返ってくる。
これは一種のメディテーションではなかろうかと思うほどだ。
ナチュラルハイかも知れない、な…などと。
線を描いている間に考えること、よぎること、思い出すこと、
計画すること、惜しむこと、楽しむこと…
それらを含めて、「このために働いている」と断言する作家の目に
強い光を見る。
それは線そのものがメンタルな影響を
とても受けやすいことにも起因するであろう。
心のヒダがダイレクトに線の表情に反映され、
作家の心情のとなって記録される。

これは作家にとって、自らを映すポリグラフなのかも知れない。

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