喧々額々…「主張てん」

Category : 現代美術シッタカぶり
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11月3日→11月15日【ARTISLONG GALLERY】

グループ展というのはバランスを考え過ぎないから
(あるいは余裕が無い?)
作品同士の出会いの面白さに満ちているのかも知れない。
予定調和ではない面白さ、というか。

4つの美術大学から、ほぼ同学年の6人のグループ展。
年齢的には23、4歳という卒業したばかりの人たちである。
それぞれ写真、陶芸、洋画、版画、立体造形の出身。
縁あって、の感あり。

グループ展ではそれぞれの作家の持ち味をどこまで
少ない展示数で表現しきれるかがポイントにあると思う。
程度問題ではあるが、観客がギャラリーを去る時に感じる
“冗漫さ”はやはり否めない。
その中に直感的な作品と出会った時はうれしくなる。
それは一瞬で目をとらえ、しかも作品上での滞空時間が長い。
ポンっと弾ける音が聞こえ、放つ速度が速い、そんな感じだ。
在学中あるいは卒業したての作品は
フレッシュさと自信無さげな表情が表裏一体となっていて
それもまた健気でいい。

並木文音さんの「Swimmy」は僕にはとても潔く映る。
それは完成度うんぬんと言うより、
制作に向かう意志のベクトルが
どこまではっきりと見てとれるか、という点で。

黄金色に輝く群れなす魚たちが作り、壊していく「額装」。
その実は、いともはかなく寄り添うだけの形。
彼女にこの作品の制作動機を訊いてみると
ギャラリーという非常に限定されたシチュエーションの中にある
作品の存在を意識したものとおっしゃっていた。
なるほど、これは作家サイドからの視点である。
ホワイトキューブな空間に於ける“物体”としての作品は
実はあらゆる要素に支えられている。
当たり前にそこにあるのではなく、
作品が必然的なロケーションを選んでいる。
それは作家が自らの作品を貫き通した目線で
その向こうにある場所を設定しているからではないかと思う。

主体である“絵”を縁取る額そのものを作品にすることで
実体の何たるかを問うているように見える。
その実体にこそ評価や判断が下されるが
実体を超える評価を頂く額など存在しないはずだから。

僕は額についてはほとんど何も知らない無学な人間である。
異様に(失礼)デコラティブな額に
ちょっと辟易するところもあると言ったら怒られるか。
このSwimmyにはそんな小さな皮肉も含めて
ちょっとした“おかしみ”が泳いでいるような面白さがある。

ところで額とは何か?
これは絵画にとっての禅問答のような気がしてくるのであるが…。


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