言の葉を踏みしめて…「福本 浩子 展」

Category : 現代美術シッタカぶり
Image077.jpg

Image078.jpg

Image076.jpg

11月24日→11月29日【GALLERY はねうさぎ room3】

一面の木の葉。
よく見ると小さなアルファベットが書いて、いや
掻いてある。
読み解こうとするのだが意味不明の
どうやらランダムな英字の羅列のようである。
作家氏はコーナーにちょこんと座り、
ノートブックパソコンのキーを一つ叩いては、
一文字ずつ葉に掻き入れていく作業を黙々とこなす。
この文字は思いつくままではなく
あくまでソフトによる“指示”であるところに
いわば自動筆記を余儀なくしているかのような
しかし新鮮な“受動”がそこにある。

作家の個人サイトを見てみると
文字の集積物である書物、そして高度情報化社会といっても
紙媒体がこれほどまでに浸透している現状にさまざまな方向から
アプローチしていることがわかる。
そしてその延長線に「図書館」という“知の集積”がある。
知の情報はこうしてある箱ものにストレージされ、
検索され、手にとられ、付箋が貼られ、
図書館の厚いドアから外へ沁み出すのだ。

新聞、雑誌をドロドロに溶かし、撹拌し、
再度固めて何百というブロック状にしたもの。
さらに日本、ドイツ、アメリカ、中国、旧ソ連などの発禁書72冊を
ブロックにしたものなどを建築物的な造形に重ね、
一種の脅迫的とも言える独特な感覚を押し出すオブジェ群を
10年以上前から発表している。

先のように知の集積としての書物、
あるいは情報“量”的な捉え方(データとしての)
は作家にとってとても魅力的なテーマのようである。
福本氏の過去の数多くの展覧会への出品もまた
このテーマが現代社会の中で
多くのことを示唆し、暗示する
重要かつ興味深いものであることを物語っている。

以前の男っぽい(!)作品からすると
この葉に描かれた作品群はとても優しいイメージだ。
ここの文字は意味性を持たずに記号としての役割しか果たしていない。
それはまるでアルファベットがアウトラインをかければ
ただの図形であるということに結びつくような気がする。
図書館にある膨大な本の中の文字も
解せない者にとっては単なる記号に過ぎない。
どこに確かな実体があるのか。
この葉の文字も集まれば言葉になり、意味をおびてくるはずだ。
散る葉に散る言葉。
先の「集積されたもの」の真逆に位置するのか…。


スポンサーサイト

Comment

木の葉に「字」を書くのが「葉書」の始まりって 本当でしょうか?
季節は初冬、落ち葉が舞う季節です。季節の「葉書」を書きたくなりました。
意味を持たない文字の羅列ではなく 
自分の気持ちを込めた 文字を綴りたくなりました。
誰に送るか?
聞くのは 野暮だす(笑)

冗談は 横に 蹴っ飛ばし 
素敵な作品だと思いました。
言葉は出す瞬間から 消えていきます。
ですが 綴った物は 廃棄しない限り残りますもの。

to imari

この方の過去の作品はかなり面白い!
実物が観られなかったことに残念!
文字や本というテーマはよく取り上げられるが
やはりそれぞれ特徴的で興味深いものがあります。
“綴る”ことなんて滅多にないご時世だからこそ
このテーマに重みを感じます。
非公開コメント

58カ国語に翻訳
English
お越しいただきありがとうございます

den

………………………………………
アート・ドキュメント・ブック・
ミュージック・演劇・ダンス・
朗読・時事・ひがみ・そねみ・
やっかみ・おせっかい…
などなどシッタカぶって書きちらかしては
自己嫌悪な日々をゆらゆらと
過ごしております。
「シッタカブリアンの午睡」
「デラシネ光合成」をこのたび一本化。
言いたがり、やりたがり、ノリたがりな
のんのんとしたブログにお越しいただき
ありがとうございます。
………………………………………

ここから、また…
最近の書き散らかし…
こんなこと書いてます
こちらへもどうぞ!