サウダージを呼び起こす息づかい…「吉野央子作品展 遥か彼方から」

Category : 現代美術シッタカぶり
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↑ぜひ日没時、外から見ていただきたい

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↑中を覗くとそこには別世界が!

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↑不思議なスケール感


1月12日→1月24日【ギャラリーすずき】

ギャラリーの新年最初の個展案内の紹介写真を見た時の
表現し難い驚きは、待ち遠しさに変わった。
今年、新潟越後妻有アートトリエンナーレ「大地の芸術祭」に
京都精華大学立体造形コースの教員・学生を中心にした
「枯木又プロジェクト」が複数の作品を出品。
その中の「憧憬の小学校」を制作した吉野氏の今回の作品は
ビエンナーレ時の小学校の体育館から吊り下げられた“巨大な縮尺モデル”の
延長上にあると言ってよいが、さらに情感豊かな作品である。

通りから室内全体が見通せるギャラリーは
早く陽が落ちるこの季節はまた格別な趣きを醸し出すに違いない。
まるでホワイトキューブの中で組み上げたような大きさにしか思えないが
なんと校舎本体(屋根除く)は入り口ギリギリで搬入。
2トンのロングに納まってここに運び込まれた。
最初に見た写真のスケール感覚がつかめないことへの不可解さが
期待度をさらに押上げ、こうして対面。

小学校の校舎。
もっと言えばステレオタイプの
(尤も木造校舎の様式には一定式があったようである)かつての校舎。
これは実際に体験していない世代にも、もちろん年配の方にも
ある種の“郷愁”をもって迫るもの。
単なるノスタルジーと言うよりは、
温かでストレートな人間関係や家族の姿や
さらに憧れまでを含めたポルトガル語圏での
サウダージ(Saudade)に近いような気がする。
この奇妙な縮尺の校舎を見ていると
胸の奥底から過去の時間が巻き戻され、
空気や土の感触や鼻水や様々な遊びを呼び起こす。
これは一体何なのだろう。
決して即席なロマンチストになったわけではない。
日本人の心の琴線に触れる“心ざわり”と呼べる
貴重な観念がここに詰まっているからである。

校舎の中は腐葉土。
壁はブルー。
そして校舎の所々から枝木が飛び出す。
木は育ち、薪となって人々を、食べ物を暖め、家となり、学び舎となり、
最期は土に帰り、また木が育つ。
大きくてささやかで当たり前のこの輪廻と共に生きている人々の
フィールドと現代アートとのコラボから生まれた「憧憬の小学校」の
ニューヴァージョンをギャラリーで観ると
また、このホワイトキューブならではの
息使いが聞こえるようである。

校舎

↑ビエンナーレ出品作品


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