所詮、人は独り、なのか…烏丸ストロークロック「八月、鳩は還るか」

Category : パフォーマンス見聞
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3月5日→3月14日【アトリエ劇研】

帰り道、とても豊かな気持ちになる。“いい演劇”を観た幸福感である。
演劇っていいなぁ、としみじみ思う。
演出家にも役者にも、このような演劇を作り上げられる幸せを羨ましく思う。

演出家が演出家を評することは複雑な心境を伴った
決して愉快なことではないだろうと察するが
柳沼氏の演出について、また脚本について多くの“業界人”が賛同するのは
やはり氏の総合的なポテンシャルの高さに他ならない。

僕は常々思う“意表”。
驚かせようとする意図は、いつかも書いた、終始“先を行く観客”との
追いかけっこになる残念なケースを誘う。
なぜそれほどにエキセントリックな話を書き、
“大袈裟”に演じなければならないか、というのは
作り手の“容量”の問題ではないか、とも思う。
それがある種のうさん臭さを醸し出してしまうのだ。

烏丸ストロークロックが5年もの歳月をかけて、じっくり取り組んだ「漂白の家」シリーズ。
これは新しいが、しかし至って“真っ当な演劇”に対する「再評価」と僕は考える。
“わかる者だけの演劇”に客は来たがらない。
客が“追いかける側”にまわる劇団。

様々な人間の証言による岡田ケンという男性の人生の
“断片と全体”を“家族とは何か”の検証に充てながら
この摩訶不思議な運命共同体である“不安定な塊”の
姿をあぶり出す。
僕自身もささやかながら演者として
一度だけ、この舞台に立ったが
小劇場ならではの観客との距離感はとても心地良かった思い出がある。
コの字型に観客を置くという劇場のキャパに似つかわしくない
大胆なレイアウト。

自給自足のコミューンを取材に来た雑誌記者二人。
この二人に向けて紹介方々、収穫祭で演じる劇を見せる。
あくまで二人への“解説”付きの演劇。
周囲の観客はいつの間にか、その二人の目線と重なり、
劇を“肩越し”に観ることになる。
僕にはとても新鮮な驚きと感動があった。
それはレトリックな面白さ。
でも二重構造とか言う“マジカルなアザトサ”はそこには無い。
舞台のコーナーで弾かれるチェロの響き(あれほどに豊かな音色を醸し出すとは)、
照明、板塀、そして効果的に使われるチョーク、などが
装置として緻密に関係し合い心象風景を明確なものにしたと思う。
柳沼氏の音楽的、美術的センスに感服。

僕が観させていただいたのはプレ公演。
本番はさらに素敵な芝居になるはず。
ぜひご覧いただきたいメガおススメな公演である。

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