その造形眼が捉えた有機的“直線”…2010年〇月〇日「こんなせかい」村山春菜 展

Category : 現代美術シッタカぶり
4月6日→4月18日【同時代ギャラリー】

岡倉天心が美術ジャーナリズムからの罵倒を浴びながらも
優れた発想力と筆力で日本画史を変えたように、
日本画は時代とともに変化、進化し続けている。
洋画との境界線が限りなく無くなる日本画の変容。
「新しい日本画」という表現が適切か否かは別として
輪郭をとらない洋画的なものへとシフトする日本画の現実は
明らかにあるわけだ。

僕などは、そのもはや職人的なテクニカルな手法や
独特な画材の話、絵の具にいくらかかるかという経済の話、
加えて信じ難い日本画壇の内情、いや先の経済の話といえば
有名になるための“必要経費”などの下世話な話題まで興味は尽きない。
多分に日本画壇の持つ保守性や特異性を“忌み嫌う”部分の拡張が
誇張された表現となって語られるのかも知れない。
しかしかつての女性進出を嫌う日本画壇での
上村松園の「血みどろの戦いだった」などという、
あまりに似つかわしくないフレーズを聞くにつけ、
芸術分野での男尊女卑が確固としてここにはあったと知る。

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さて第41回日展の特選を受賞された正に気鋭の日本画作家の個展である。
失礼な話だが、日本画について語るほどの知識も経験も全く無い僕にとって
そのカテゴリーはあまり問題ではなく、
むしろ画材の持つ味わいとそれを活かしてやまない作家の“視点”に
強烈な魅力をおぼえる。
特選作品も街並みにそびえるビルを描いたものだが、
「街の風景を作者の感覚で捉え、独特の色彩と造形感覚で描かれている。
(中略)作者の描く喜びが直接伝わってくる作品」と選評にあるように
今回の初個展はどの作品も歓喜に満ちて踊っている(ように見えたが…)、
実は街並や何本もの線路が沿ってうねる様子、一戸建ての家、
スーパーマーケット、高速のジャンクション、渋谷の街 etcは
村山氏の「絶対的造形眼」で構成されたものだ。
一切の直線を持たない建造物、道路、人、車。
まるで人の蠢きを反芻しているかのようなスーパーは
そこに「巨大な容れ物」としての危うさをも感じさせる。
戸建て住宅は我が身の疲弊に落胆し、
高速道路はまるでコレステロールが溜まった血管のようだ。
しかしそこはかとなく哀愁が漂うのはやはり画材のせいだ。
やはり日本画なのだ。
一周巡って納得する。

必ず現場でスケッチする。日本画だから写生と言った方がしっくりくるか。
日本画の基本中の基本は、つまりは“描く姿勢”を
問題にしているということである。
今流れる時間を描き込み、その時のテンションを一本の線に表す。
スケッチを見ているとそんな気がしてくる。

25歳の作家は描くことが面白くてたまらないのだ。
院を卒業し、母校の非常勤講師でもある作家にとって
初個展は文字通り“気合い”の入ったゴリッと手応えのあるものだった。


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