記憶の粒子を還す…「たゆたう庭 山本 基個展」

Category : 現代美術シッタカぶり
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4月2日→4月30日【eN arts】

個展そのものは先月で終了している。
当時は作家が不在だったためと
5月15日に「海に還る」とタイトルされたクロージングイベントがあり、
作家自身も来廊するため、今回のアップになった。
というのも作品の搬出(この表現もこの個展に限って言えば不思議だ)を
みんなでやりましょう、そして作品を構成していた素材を海に流しましょうというもの。
その素材とは「塩」。
会場は特別気候的な制約のあるところでない限り、どこでも可能である。
つまりそこの床面に塩で模様を描くのである。
ソースやマヨネーズの容器状のものに塩を入れて、
さらさらと落としながら描いていく。
気の遠くなるような作業はしかし、秩序を保ったまま連続していく。
やがて壮大な曼荼羅がそこに出現するのである。

塩で作品を作るようになったきっかけ、つまり
現在に続く制作の原点は24歳という若さで脳腫瘍で他界した妹さんである。
海の「塩」、あるいは葬式などの儀式に用いられる「塩」は
存在した肉体の構成要素であると同時に、弔いにも使われる。
それは生と死のいずれにも深く関わりを持ち、
作家が言う「生命の記憶」を感じ「記憶の核心」に永遠に触れていたいという
思慕と憐憫と郷愁がないまぜになった複雑な感情なのかも知れない。
相撲での「清め塩」や風水や神道でも塩は「盛り塩」として
邪気を払う意味で使われる崇高なツールであったのだろう。

妹さんの「死」と社会の中での「死」の受けとめられ方を洞察してみる。
そこには改めて失ったものの大きさを確認しながら、
辛い体験と対峙せねばならない自分がいるはずだ。

床の湿気、室内の温度、つまり季節。
そしてその時の作家の心情や体調がこぼれ落ちる塩に反映され、
やがて床と一体化する。

4月22日から6月6日までドイツ・ケルンの教会内で
巨大なインスタレーション作品「迷宮」を展示、
作品を囲むようにミサを行なった。
作家の名前で検索すると内容がわかる。
これは人種や宗教を問わずに訴えかける荘重な芸術であり、
帰すところは観客や参加者それぞれの胸の中にある“何もの”かである。

昨日のクロージングイベントには
展示期間当時、ギャラリー側は「それほど来ないかも」と
仰っていたが、多くの善男善女(?)らが集い、
作品を自ら“撤収”し、袋に詰めて
それぞれの最寄りの海に流すところを撮影。
作家のブログで必ず写真は掲載されるという。
作品を破壊し、袋に黙々と詰めていると
徐々に泣きたい気分になってくるのはなぜだろう。
僕の中にもそんな記憶がこぼれ落ちていってるのかも知れない。

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↑作家自ら作品を崩して…

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↑最後まで残る。何とも気になる…


袋の塩は果たして大阪南港からか、六甲アイランドからは
未定だが、近々海に還すつもりである。




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