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それなら、拭きますか?…「中山 和也展  ~時計回りに90度回転~」

Category : 現代美術シッタカぶり
5月18日→5月23日【立体ギャラリー射手座】

ビルの地下にあるこのギャラリーは
路面から円の4分の1ほどの回り階段で降りる。
階段に沿ってアールした壁にびっしりと貼られた
美術館などの展覧会情報を必ず見て帰ることになる。
この階段のステップを降りていく時の
まだ見ぬ作品と静かに対峙するまでの高揚感。

階下に降りると、いきなりギャラリーの扉に出くわすわけだから
当然階上の路面からの埃は相当なものと予想される。
とは言っても、そのことを意識したことは全くない。
それは階上の“浮き世”との穏やかな境界を
この階段が担っていることの方に面白みを感じるからだろう。

ギャラリストがつぶやく。

ここは外だし、埃やゴミが多いんです。
でも、たくさんのポスターを掲示しているので、なかなか掃除ができなくて。
1年くらいたってしまいました。そう、ちょうど1年。

「そろそろ拭きたい。」

「じゃぁ、拭きましょうか」

というなりゆき。

ある中心点から、このギャラリー全体の全てのレイアウトを
そのまま時計回りに90度回転する。
これは観客に、説得や納得や了解、説明や能書き、
もっと言えば作家の意図などを“強いる”ものではない。
レイアウトを回転させることで、明らかなのは
質量はなんら変えずに日常の中の「異相」を作ったことである。
こういった行為につながる作家の意志そのものは厳然と存在するが
それは観客にとっては、あずかり知らないこと。
作家はそれも承知の上でひとりほくそ笑む。

いつもは作品のある会場が、あまりに大きすぎる事務所となり、
ポスターが無くなった階段がギャラリー会場になる。
つまり深読みすれば、広さに見合った機能という
“暗黙の定理”が見事に吹き飛んでしまうのである。
会場には当たり前のように「事務室」とプレートがかかっている。
つまり関係者以外立ち入ることはできない。
これは至って当たり前の“日常の掟”である。
が、思わずドアを開けようとする観客も居る。
そこでギャラリストは静かに制止する。
観客のとまどったようなリアクション…僕は心でニヤつく…。
僕の居る間にも6、7人の若い方が来廊するが
「どれが作品ですか」と尋ねる人はまれで
「あれ…」とつぶやいて、ここに「?」をポロポロ落として帰っていく。
ギャラリストはあえて何も言わない。

さらなる質問があって、初めて説明する。
つまるところ、これは“発見”する作品なのだ。
“気付き”と言ってもかまわない。

過去に訪れた観客なら一目瞭然かというと
どうやらそうでもないらしい。
それはこのレイアウト転換を
何かの“ギャラリー側の事情”と解釈しているのか、いないのか…。

案内文にあるキーワード→“現場感覚を作品化する”は
受信する僕たちに「視座の圏外を作ったらつまらない」と示唆しているように思える。

※今回の展評につきましては会場を撮影してアップすることに
 なんら意味性を持たないということから“作品”イメージはありません。


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