安息の地で筆をとる他称天才たち…「遠足 ~Der Ausflug~」

Category : ドキュメントDVD
えんそく

監督:五十嵐久美子

アールブリュット。
野性の芸術と言われるが本来は「生(き)の芸術」。
野性は本能であるから、本能の芸術と言い換えてもいいんだろうが
これは精神病患者が描いたり作ったりしたものを指すのでは
反対側にそうでない“本能”でない芸術が厳然としてあるということなのか…。
英語で言うと「アウトサイダー・アート」となるそうである。
アウトサイダーなアートって何だろう?

家2

オーストリア・ウィーン郊外のクギング村の神経科病院の
敷地内にあるのがアウトサイダー・アートの聖地として知られる「芸術家の家」。
このドキュメントにかなり手厳しいコメントを寄せている
ある映画評論ブログがあった。

何から何まで模様らしきものが色鮮やかに描かれた家。
高齢の男性が背中を丸めてどこかから帰ってくるシーン。
近所のタバコ屋に新聞と宝くじを買いにいそいそ出かけては
帰ってクジを開けてみればハズレ。
「運がない」といいながら懲りることなくまた通う。

厳しい評論家は、芸術家の家の成り立ちについての説明や
傑作と呼ばれる絵画がどのような作家の
精神的バックボーン、あるいは障害から創意となって表出してきているのかが
さっぱりわからない、とあった。
これでは監督の丸投げ映画だ、とも。
確かに淡々と彼らの共同生活ぶりと
“こちら側”(口はばったいが)から見る各人の所作のおかしさや
反応の不思議さに“観察眼”のような視点で撮られた
解説抜きの不完全燃焼な映画であることは否めない。
しかし元より彼らに自分の創作について
わかる言葉で説明を求めるのは筋違いであり、
部外者なら尚更である。
彼ら一人ひとりがペンを持ち、絵筆を持ち、白い紙に向かって
描き出し、また一心不乱に向かうその時をじっと静観するしかないのだ。
共有と言ってもいい。
僕たちはその“野性”(これが的確なのかのはさておいて)とやらに
自分たちの日常にはない、とてつもない空想力や想像力、表現力を見いだし、
一般社会では順応できない彼らのイノセントな部分、
いや、シビアに言えば症状として表れる反応、自閉症的な部分や強迫観念が
ここでは何らの障害にならないという“幸福な人生”というものに
考えを強くするわけである。
しかし登場する男たちはほとんどが高齢者である。
過激な反応ではなく、静かに自分の心のドアをノックし、
一度入ったら鍵をかけて中々出て来ない…そんな感じ。

もはや彼らは自分たちの絵の稼ぎで充分生活できる逞しさを備えている。
が、やはり自立した“生活”はできない。
年に一度、プラハでの展覧会に出かける。
ここでももちろん彼らは丁重にもてなされる。
天才たちだから。
珍道中とまではいかないが、まるで園児のようなふるまいの中で
やはり帰るべきところは“あそこ”なんだと思わせる。
展覧会の意味など知る由もない。
画商やギャラリスト、セレブな客の中に居る彼らは
確かに場違いに見える。
でも、これは彼らにとって「ちょっと長い遠足」なのだから
気にすることもないのだ。

絵という輝かしい光の陰にあるのは、
長い年月を精神病患者で生きてきたという確固たる事実。
情報を得ず、周囲との関係を断ち、頭の中に独自の世界を造り上げながら
新しい自分を“見い出した”アートというものを
まるで日記のように描き綴る彼ら。
欧州がこのような作品を対価として成立させるだけの
熟成した文化を持っているという再認識もまた…。


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Comment

芸術家の家!
素敵ですwww
でも、「ドキュメントにかなり手厳しいコメント」があったのですねぇ(^_^;)
むむぅ~!考えなんて人それぞれなのですから、自分の考えを押しつける評論だけはしてほしくないですぅ。
非公開コメント

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